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第50話 本当のこと、教えてあげるよ

side 瀬川 蓮(れん) 樹が帰ったのを見計らって、小部屋からメイを抱き上げて出てくる。 手の中でじっとしているメイの重みが、ちょうどいい安定感になった。 部屋の空気はまだ、樹の余韻で少し温かい――いや、熱い、かもしれない。 「澄人くん……」 声をかけると、澄人くんは驚いたように目を見開き、少し戸惑っていた。 「……蓮?」 俺は手の中のメイを一度ぎゅっと抱きしめてから、澄人くんの視線をそらさずに言う。 「さっき来た後輩って名前、なに」 「え?……瀬川……」 うん、そうだろうな。 「澄人くん。覚えておいて。俺の名前は、瀬川蓮」 その言葉を聞いた澄人くんの眉が一瞬だけぴくりと動く。気配でわかる、動揺している。 「え、ちょっ……まて……瀬川って」 「うん。……で、さっき来たのは……樹だよな? 瀬川樹は俺の双子の兄」 言い終わる前に、澄人くんの呼吸がわずかに早くなるのを感じた。 俺はその瞬間を逃さず、そっと近づき、手を彼の頬に添える。視線はずっと彼の目の奥に――真っ直ぐに。 「……っ」 澄人くんが息を詰めたように小さく声を出す。目の奥の揺れを見逃さず、俺はそっと唇を重ねる。 軽く、触れるだけのキス。だけど、空気の奥で二人の距離が一気に詰まるような感覚があった。 「……っ、蓮……」 彼の声は驚きと戸惑い、そして――どこか抗えない感情が混ざっていた。 俺は唇をほんの少し離し、目を細めて囁く。 「動揺してる?」 澄人くんは小さく顔を背けたけれど、手は思わず俺の腕を掴む。 「……うん……」 低く、でも少し震えた声。 「薄々気付いてた? それとも、まさか?」 「……よくわかんねえよ」 「そっか」 俺は笑いを押し殺して、もう一度軽く唇を重ねた。 「……何すんだよ」 「俺が隠れてるのに、樹とキスなんてしちゃって」 「あれは、あいつが……」 「樹が、なに」 「……悪い」 この瞬間、もう後には戻れないと知りつつも、甘い秘密を抱え込むように、俺たちは静かに見つめ合った。 「澄人くん、微熱あるよね。横になった方がいい」 澄人くんは眉を寄せて、少し不満げに俺を見上げる。 「……てゆーか、どうすんねん、マジで」 掠れた声に、俺は小さく笑った。 「どうするもなにも……とりあえず今は俺がそばにいるから」 そう言ってベッドに腰を下ろさせ、額に触れて確かめる。やっぱり微熱がある。 メイが俺の足元でちょこんと落ち着くのを感じながら、俺は澄人くんの髪に指を滑らせた。 「……まさか、兄弟で好きになるなんてね」 冗談めかした声のつもりだったけれど、俺自身の胸がざわついているのが分かる。 「……はあ。頭、まわんねえ」 澄人くんは目を閉じて、小さく息を吐いた。 「もう一回キスしようか?」 「ばか。……俺、しんどいねん。全部……」 そう言いながらも、その声は弱くて、俺を拒絶していない。 俺は小さく笑って、彼の額に唇を寄せる。 「……樹と俺、どっちが好き?」 「っ、やめろや……」 澄人くんは布団の端を掴んで、俺から視線をそらした。 「そんなん……聞くなよな」 かすれた声が落ちる。 俺はその響きに胸がきゅっと締めつけられて、思わず笑ってしまった。 「ごめん。でも聞きたいんだ」 澄人くんはしばらく黙っていた。 熱でぼんやりしているせいもあるのか、表情がとても無防備で――余計に触れたくなる。 「……俺、そんなん考えたことねえし」 「うん」 「……気づいたら、いつもお前らのどっちかが側にいて……」 その声は途中で少し途切れて、布団に沈んでいった。 俺は優しく澄人くんの髪を撫でながら、囁く。 「じゃあ、それはきっと……俺の勝ちだね」 「は……?」 「だって、今は俺が側にいる。しんどい時にこうしてベッドで触れてるの、俺でしょ」 澄人くんは小さく息を呑んだ。 けれど反論する言葉はなく、ただ瞼を重く閉じる。 その静けさが答えに聞こえて、胸の奥でじんわり熱が広がった。

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