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第54話 秘密を抱いたまま、可愛い人を思い出す ※R-18

「澄人くん、好きだよ」 囁いた声に、澄人くんは一瞬こちらを見てすぐに視線を逸らす。 腰に回した手で引き寄せ、ふっと耳に吐息を落とすと、そのたびに体がぴくりと震える。 「じゃあ次は、“俺”で気持ちよくなって」 奥深くまで挿れた瞬間、澄人くんの体が大きく跳ねた。 「……んっ、……やっ……」 かすかな抵抗の声。でもその響きが余計に愛おしくて、思わず低く囁いた。 「我慢しなくていいよ」 さらに押し上げれば、全身が反応して震えてる。 「……あぁ……あっ」 抵抗しても、敏感なところに触れるたびに熱が全身を覆い尽くす。 理性なんて、もうとうに消え去っていた。 「……逃がさないから」 耳元に囁きながら、動きを止めることなく、その体を熱で満たしていく。 「――っあぁぁぁぁっ!」 全身を預けてくる感触に、胸の奥がじんわりと温かさで満たされた。 やがて、ベッドの上に訪れるのは、互いの呼吸だけが響く静かな時間。 しばらくの沈黙のあと、俺は腕をゆっくり解き、名残惜しさを押し殺しながら体を起こした。 シーツの間でまだ息を整えている澄人くんの横顔が、妙に幼く見えて――また触れたくなるのを必死で堪える。 「……ごめん。身体、大丈夫か?」 息を整えながら尋ねると、澄人くんは目を逸らし、短く答えた。 「……大丈夫」 「それならよかった」 俺はベッドから降り、散らばったシャツを拾い上げる。 生地が肌に触れると、さっきまでの熱が一層リアルに蘇ってきて、思わず苦笑する。 鏡の前でシャツのボタンを留めながら、ちらりと澄人くんを見た。背を向けているけど耳までほんのり赤い。 「なぁ、そんなに黙られると……置いていくみたいで後ろめたいんだけど」 わざと軽く言うと、澄人くんは少しだけ体を動かして「……勝手に帰れよ」と短く返す。 けれど声がかすれてて、強がりにしか聞こえない。 「はは、そう言われたら余計に帰りにくいな」 ジャケットを手に取り、肩にかける。 ふと立ち止まって、ベッドに腰掛けて服を着ている澄人くんに、そっと手を伸ばした。 「無理させてごめんね」 「……だから大丈夫やって」 言葉とは裏腹に、視線は合わせてくれない。 俺は一瞬だけためらい、結局そのまま髪をくしゃっと撫でた。 「そろそろ帰るね」 澄人くんがチラリと視線を寄こし、目を細める。 「ああ、気をつけてな」 短く言いながらも、俺を玄関まで見送ろうと立ち上がる。 ドアの外の温い空気が差し込み、澄人くんに見送られながら俺は外に出る。 「澄人くん」 「何……」 「大好きだよ。じゃあまたね」 澄人くんは少し困惑した表情のまま、玄関に立っていた。 マンションを出ると、外はすでに薄暗くなり始めている。 肩の力を少し抜き、まだ残る温もりや視線を思い出して、口元が自然に緩む。 「……ああいうの弱いんだよな」 独り言めいて呟きながら、ゆっくりと自宅へ向かった。 * 家に帰ると、樹の気配がすぐ分かる。 夕飯の匂いが漂うリビングで、樹がひょいと顔を出した。 「おかえり、蓮。遅かったな」 「まあね」 軽く返したつもりでも、胸の奥には小さな緊張が残っていた。 樹は目を細めて笑う。何か疑っているようで、けれど気にしてないふうを装っている。 「そうか。蓮、疲れてね?」 「……別に」 短く答えながらも、自然と視線は樹の動きを追ってしまう。 ふいに樹が俺の服に目をやり、首を傾げた。 「あれ? なんか白い毛ついてるけど」 「……あぁ、猫が寄ってきたから」 反射的に手で払う。声は落ち着いているつもりでも、手の動きがぎこちないのは自分でもわかっていた。 樹は小さく頷き、問い詰めるでもなく、ただ静かにこちらを見てくる。 ソファに腰を下ろし、スマホを手に取る。画面には、姫からのメッセージがずらりと並んでいた。 文字の隙間から甘く誘うようなニュアンスが漂ってきて、思わずため息が漏れる。 そのとき、隣に腰を下ろした樹が、何気なく口を開いた。 「蓮さぁ、珍しくお泊まりとか……気に入ってる人でもいるのか?」 軽い口調なのに、視線はまっすぐ。 思わず指先が止まり、俺は視線をそらす。 「ん……まあね」 少し間を置いてから、スマホを握り直して、軽く笑ってみせる。 「どんな人?」 「そうだな、猫みたいで……超可愛い」 「ふうん」 樹は小さく笑い、それ以上は深く突っ込んでこなかった。 けれど、気を取られながらも――頭の片隅ではずっと澄人くんの姿がちらついている。 どうしようもなく、余韻に引っ張られたままの俺がいた。

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