54 / 64
第54話 秘密を抱いたまま、可愛い人を思い出す ※R-18
「澄人くん、好きだよ」
囁いた声に、澄人くんは一瞬こちらを見てすぐに視線を逸らす。
腰に回した手で引き寄せ、ふっと耳に吐息を落とすと、そのたびに体がぴくりと震える。
「じゃあ次は、“俺”で気持ちよくなって」
奥深くまで挿れた瞬間、澄人くんの体が大きく跳ねた。
「……んっ、……やっ……」
かすかな抵抗の声。でもその響きが余計に愛おしくて、思わず低く囁いた。
「我慢しなくていいよ」
さらに押し上げれば、全身が反応して震えてる。
「……あぁ……あっ」
抵抗しても、敏感なところに触れるたびに熱が全身を覆い尽くす。
理性なんて、もうとうに消え去っていた。
「……逃がさないから」
耳元に囁きながら、動きを止めることなく、その体を熱で満たしていく。
「――っあぁぁぁぁっ!」
全身を預けてくる感触に、胸の奥がじんわりと温かさで満たされた。
やがて、ベッドの上に訪れるのは、互いの呼吸だけが響く静かな時間。
しばらくの沈黙のあと、俺は腕をゆっくり解き、名残惜しさを押し殺しながら体を起こした。
シーツの間でまだ息を整えている澄人くんの横顔が、妙に幼く見えて――また触れたくなるのを必死で堪える。
「……ごめん。身体、大丈夫か?」
息を整えながら尋ねると、澄人くんは目を逸らし、短く答えた。
「……大丈夫」
「それならよかった」
俺はベッドから降り、散らばったシャツを拾い上げる。
生地が肌に触れると、さっきまでの熱が一層リアルに蘇ってきて、思わず苦笑する。
鏡の前でシャツのボタンを留めながら、ちらりと澄人くんを見た。背を向けているけど耳までほんのり赤い。
「なぁ、そんなに黙られると……置いていくみたいで後ろめたいんだけど」
わざと軽く言うと、澄人くんは少しだけ体を動かして「……勝手に帰れよ」と短く返す。
けれど声がかすれてて、強がりにしか聞こえない。
「はは、そう言われたら余計に帰りにくいな」
ジャケットを手に取り、肩にかける。
ふと立ち止まって、ベッドに腰掛けて服を着ている澄人くんに、そっと手を伸ばした。
「無理させてごめんね」
「……だから大丈夫やって」
言葉とは裏腹に、視線は合わせてくれない。
俺は一瞬だけためらい、結局そのまま髪をくしゃっと撫でた。
「そろそろ帰るね」
澄人くんがチラリと視線を寄こし、目を細める。
「ああ、気をつけてな」
短く言いながらも、俺を玄関まで見送ろうと立ち上がる。
ドアの外の温い空気が差し込み、澄人くんに見送られながら俺は外に出る。
「澄人くん」
「何……」
「大好きだよ。じゃあまたね」
澄人くんは少し困惑した表情のまま、玄関に立っていた。
マンションを出ると、外はすでに薄暗くなり始めている。
肩の力を少し抜き、まだ残る温もりや視線を思い出して、口元が自然に緩む。
「……ああいうの弱いんだよな」
独り言めいて呟きながら、ゆっくりと自宅へ向かった。
*
家に帰ると、樹の気配がすぐ分かる。
夕飯の匂いが漂うリビングで、樹がひょいと顔を出した。
「おかえり、蓮。遅かったな」
「まあね」
軽く返したつもりでも、胸の奥には小さな緊張が残っていた。
樹は目を細めて笑う。何か疑っているようで、けれど気にしてないふうを装っている。
「そうか。蓮、疲れてね?」
「……別に」
短く答えながらも、自然と視線は樹の動きを追ってしまう。
ふいに樹が俺の服に目をやり、首を傾げた。
「あれ? なんか白い毛ついてるけど」
「……あぁ、猫が寄ってきたから」
反射的に手で払う。声は落ち着いているつもりでも、手の動きがぎこちないのは自分でもわかっていた。
樹は小さく頷き、問い詰めるでもなく、ただ静かにこちらを見てくる。
ソファに腰を下ろし、スマホを手に取る。画面には、姫からのメッセージがずらりと並んでいた。
文字の隙間から甘く誘うようなニュアンスが漂ってきて、思わずため息が漏れる。
そのとき、隣に腰を下ろした樹が、何気なく口を開いた。
「蓮さぁ、珍しくお泊まりとか……気に入ってる人でもいるのか?」
軽い口調なのに、視線はまっすぐ。
思わず指先が止まり、俺は視線をそらす。
「ん……まあね」
少し間を置いてから、スマホを握り直して、軽く笑ってみせる。
「どんな人?」
「そうだな、猫みたいで……超可愛い」
「ふうん」
樹は小さく笑い、それ以上は深く突っ込んでこなかった。
けれど、気を取られながらも――頭の片隅ではずっと澄人くんの姿がちらついている。
どうしようもなく、余韻に引っ張られたままの俺がいた。
ともだちにシェアしよう!

