60 / 64
第60話 真実の片鱗
ぼんやりと考えていると、ふと思い出した。
「……そういえば、大阪だったよな」
小さくつぶやくと、蓮が振り返る。
「え?」
「俺の……気になってた人さ、大阪出身で、標準語を話すように意識してるって言ってた。でも時々関西弁が出ちゃってて」
蓮はソファーに腰を下ろし、俺の方を見た。
「それで?」
「……その関西弁が可愛いんだ」
観念したように、俺も隣に座る。もう隠す意味もない気がした。
「その人のこと、やばいくらい好き……」
認めると、蓮がくすりと笑った。
「……なあ、その人さ、猫飼ってるだろ?」
突然の問いに、俺は目を見開く。
「え? なんで分かるの?」
「なかなか甘えてこない。でも、たまに素直なのが可愛い」
図星すぎて、言葉が出ない。心臓の音が大きくなってくる。
「だから、なんで……そんなこと分かるんだよ」
蓮は少し意地悪そうに笑った。
「……わかるよ。それで、なんて呼んでるの? その人のこと」
なんだか、誘導されているような気がする。
でも、もう隠す理由もなくて――
「……柏木さん」
その瞬間、蓮の口元がにやりと歪んだ。俺の胸が嫌な予感で騒ぎ始める。
「柏木さん、か。慣れないなあ、その呼び方」
「なに言ってんだよ」
蓮の表情に、何か確信めいたものが浮かんでいる。
「やっぱり名前で呼びたいじゃん」
「意味わかんねえよ」
そして、決定的な一言。
「“澄人くん”だろ」
「は?」
今度は真正面から見つめられて、胸がざわつく。
「澄人くん……って」
言いかけて気づいた。
蓮の表情。まるで答えを知ってるような、確信に満ちた顔。
「柏木澄人……柏木さんのこと……?」
蓮はゆっくりと頷く。血の気が一気に引いた。
「な、なんで? なんで蓮が柏木さんのこと知ってんのさ。どういうこと?」
動揺する俺を見て、蓮が口を開く。
「……非日常感の体験」
「え?」
「樹の会社、ブルーム・プランニングの企画でさ。澄人くんが視察で来たんだよ、うちのホストクラブに」
頭が混乱する。
企画? 視察? ホストクラブ?
まさか――
「ちょっと待てよ……つまり、柏木さんが蓮の働いてるホストクラブに行ったの?」
「そういうこと」
あっさりと答える蓮。
でも、その表情にはどこか複雑なものが混じっていた。
「それで……蓮は柏木さんと知り合って……」
言葉が詰まる。聞きたくない答えが返ってきそうで。
「樹さ、自分から澄人くんのこと言わないんだもん。いつまで濁すつもりだったわけ?」
蓮は相変わらずソファーに座ったまま、涼しい顔をしている。
でも、次の言葉が俺の心臓を凍らせた。
「……樹が大阪に異動しちゃったら、俺が澄人くんを独り占めできるけどね」
今度は俺の方が完全に困惑した。
「……待て、どういう意味だよ」
蓮の口元に、いつもの意地悪な笑みが浮かぶ。
「樹は本当に鈍いね」
その言葉が、まるで謎かけのように聞こえる。
でも、その表情を見ていると――何か、とても大切なことを隠しているような気がした。
胸の奥で、嫌な予感がどんどん大きくなっていく。
「蓮、まさかお前も……」
声が震える。
「ん?」
「柏木さんのこと……」
言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
蓮の表情が、一瞬だけ揺れたのを見逃さなかった。
沈黙が部屋を包む。その静寂が、余計に不安を煽る。
蓮と柏木さんの関係は、俺が思っているよりもずっと深いのかもしれない。
いや――もしかして。
心臓が激しく鳴り出す。
考えたくない可能性が、頭の中でゆっくりと形を成し始めていた。
ともだちにシェアしよう!

