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第61話 双子の恋のライバル
蓮がふっと笑う。けれど、その声はいつもより落ち着いていた。
「俺もさ……澄人くんのこと、好きなんだよね」
「……っ」
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
やっぱり、そうか……と思った自分と、口に出されて息が詰まる自分が同時にいた。
「最初は単なる興味だった。でも澄人くんと一緒にいる時間が楽しくなって……気づいたら、俺、本気で惹かれてた」
……なんだよ、それ。
「蓮……」
「でも、びっくりだよな。俺もこの前まで、樹の好きな人が澄人くんだってこと……マジで知らなかったし」
背筋が冷たくなる。
まさか、双子の弟が――恋のライバルになるなんて。
「澄人くんが体調崩して寝込んでた日、あったろ?」
「……あの日?」
「うん。澄人くんに呼ばれたんだよ。自分が休んでる間、メイの面倒見てほしいって」
メイちゃんか。でもあの子、全然人に懐かないはずなのに。
「不思議そうな顔すんなよ。メイ、俺にはすぐ懐いてくれてさ」
「……昔からだよな。蓮って、不思議と動物に懐かれる」
「そう。だから澄人くんにメイのこと頼まれた」
そっか……柏木さんは蓮を信頼して頼ったんだ……。
「俺、あの日は澄人くんの部屋にずっといたんだよね。でも樹が来たから隠れた。その時に、樹と澄人くんの関係を確信したんだ」
頭が真っ白になる。
「柏木さんは……知ってるのかよ」
恐る恐る問うと、蓮はあっさりと頷いた。
「ああ。樹が帰った後、澄人くんに言ったんだ。――俺と樹は双子だって」
「……っ!」
「だから、全部知ってるよ」
それで柏木さん……様子がおかしかったのか。
頭の中で、あの日の光景がよみがえる。
柏木さんの微妙な表情、少しだけ距離を置こうとしていた様子。
そして自分がその距離を無理に埋めたこと。
「……そっか、全部……」
「樹は知らないかもだけど、俺だって色々我慢してたからな」
さっき、蓮が言った言葉が頭の中で繰り返される。
“樹が大阪に異動しちゃったら、俺が澄人くんを独り占めできるけどね”
胸の奥に、鋭い痛みが走った。
「いやだ……」
喉から絞り出すような声が出た。
「樹……?」
いやだ。絶対にいやだ。
大阪になんて行きたくない。
蓮に、柏木さんを奪われるなんて――絶対に耐えられない。
「そんなの、いやだ」
胸の奥で、どうしようもない感情が膨れ上がっていく。
「樹、落ち着けって」
「……蓮」
声が震える。けど、どうしても聞かずにいられなかった。
「何?」
「お前……柏木さんと……一線、超えてたりするのか?」
蓮は一瞬だけ目を細め、それからわざとらしく肩をすくめた。
「さあ? どうだろうな。想像に任せるよ」
曖昧な答えが、否定よりも残酷に響いた。
頭の奥で、過去の記憶が急に蘇る。
――そういえばあの日、蓮が珍しく外泊した。
あの時は「友達と飲んでそのまま泊まった」って言ってたけど……。
「……まさか」
無意識に口から漏れた言葉。
蓮は否定も肯定もせず、ただ意味深に笑うだけ。
その沈黙が、答えよりも残酷に胸を抉ってくる。
「……樹、言っとくけど」
ここで何を言い出すのか、少しだけ恐くて、でも目を離せなかった。
「俺、澄人くんとお前が同じ職場で、仲良くしてるんだろうなって考えたりしてさ」
蓮の声は低く、落ち着いているようでいて、わずかに震えていた。
「お前の方が、澄人くんと近いだろ。毎日会えるし話せるし。俺はただのホストで、あいつの本心には触れられない。だから……」
普段は冷静で、何を考えているのか読み切れない蓮が、俺の目の前で初めて感情を吐き出そうとしている。胸がざわつく。
「俺はずっとずっと、悔しかったんだよ……!」
言葉が、まっすぐ胸に刺さる。
「樹が羨ましくて、嫉妬して、でも我慢して……」
「……蓮」
「俺、独りで焦ってた。お前に……俺の気持ちは絶対にわからないと思う」
蓮の瞳が揺れた。普段の自信に満ちた瞳じゃなくなっていた。
「澄人くんのことが、本気で好きなんだ」
胸の奥が締め付けられる。
この言葉を、目の前で、素直に吐き出す蓮を初めて見た。
――それは、怖いくらいに人間らしかった。
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