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待ち人
縁続きの木板が、成人の男の重みを受けとめるための軋みを鳴らし、だが足取りは主 の気質そのままに落ち着いていて静かで、
堪らず透が顔を上げた先には、そのひとが普段袖を通す活動服と通うような、鎮静の紺と誠実の白茶。
単衣を帯で纏めた雄大な峰のような半身と、変わらぬ穏やかで慈しみに満ちた眼差しが、もう透に注がれていた。
喜色を隠せず、立ち上がろうとした刹那、これもまた重大である午睡中の妹の頭と半身に捕らわれていて、挫かれる。
狼狽えたように彼を仰げば、おや、とのどかな眼はすぐ透の膝の上の存在を認めて、
しーい。委細承知。大人の眼差しに茶目っ気を混ぜ、ゆったり厚い唇を長い人差しで蓋をして、
秘密を共有する甘さでもう透を包んでくれて、彼の胸の小河は、嬉しさの煌めきではや急速にさざなむ。
屈んだ朔 の筋力が、捲られた浴衣から伸びる手頸、前腕から紺の絣を被せた上腕、そして楓の頭と身体が都度重心を預ける腿や体幹へと、流れるように正確に作用していくのが見てとれる。
彼女の睡眠を妨げぬため、自身にも負担なく力学と遠心力を用いた工程を踏み、柔く回転しながら肩と膝を掬われ、楓の肢体が紅く垂れた袖とともに宙に浮く。
「……うん」腕のなかの少女は仔犬のような吐息を漏らし、そのまま逞しい肉体に委ねるように身を収める。眠る顔に注がれる、温かな情を讃えた微笑み。
その眼がどこへ? と透に問う。中座敷の隅にある、い草を敷いた敷布団へと促す。
抱き上げたとき同様、丁寧なゆとりをかけ、朔は楓の肢体をそこへ横たわらせた。
「お兄ちゃんの膝が、いつまでも一番の枕なんだな」
掛け布で腹部を保温され、まだ夢見を愉しんでいる楓から視線を外した最後、耳打つようにそっと囁いた。
曖昧に濁しながらも、朔がこの屋敷に現れてから今までの終始。
自分の妹に何の邪念もなく触れることが出来る誠実さ。きっと雲のなかで微睡む心地を味わっているであろう妹への羨望。
躍動する筋肉。そして自分だけに向ける馴染んだ低い囁き、掠めた彼の皮膚の匂い。
尊く思ったり、感謝したり。ちりぢりの感情がやがて目の前の彼から発する何もかもを、早く独り占めしてしまいたいという熱に総括され、最早昏い焦れに変わっているのを、
一体このひとは、解っているのだろうかという愛しさを伴った恨みがましさまで覚えてしまう。
やっと向き合えた、という風に立ち上がった朔の身体がこちらへ向き直る。
だがその視線が落ちきるまでもなく、透の顔は体温が滲む紺の絣にもう添わされていて、
「こっち、来て」
くぐもった声音とともに、掴んだ手頸から、その熱くおおらかな掌のなかへと、自分の指を潜り込ませた。
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