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僕を見て
螺旋状に繋がった翠流の瞳は、確かに澄んで、あどけなく零れおちそうなまなこに、無垢な表情を小鳥のようにくるくる翻していたあの日から、何一つ変わらなかったが、
いつの間にかそこに、ただしく惹かれあう対等な『相手』としての、はげしく熱いひらめきが生まれていた。
「牽牛、僕を見て……」
「……」
「僕は、ずっとずっと昔から、現実 の牽牛だけを見つめ続けてきたんだよ……、」
微動だに出来ず翠流を見つめるばかりの牽牛に、翠流の眼差しが小さく翳り、伏せられた。
「……織女への想いを、踏み躙ってしまってごめんなさい。織女がどんな女性 であっても、天上の姫と結ばれることが、地上の男にとっては何よりの誉れだし、『理 』だよね……」
「……」
「何もかもにおいて半可者の僕は、選ばれない」
違う。そうじゃない。牽牛は顔を上げた。
翠流は、半可者なんかじゃない。翠流は、翠流だ。
それは、天人としてではなく、——むしろ。
それが何より、牽牛の喉を突いたのに、それは、まだ言葉にして出てこなかった。
「いつまでも弟みたいで、子供みたいに頼りない存在だったと思うけど……」
「……そんなことはない」
「本当の僕は、こうなの」
天人の衣を開き、真白である筈なのに、何よりも鮮やかなしろい裸身がまた迫り、牽牛は眼を反らし密かにまた喉を鳴らした。
「天人だとか関係なく、ちっぽけなこの『僕』を見ていてくれたことが、何より嬉しかった……」
「……、」
「それを。 本当の僕を、ただ知って、見ておいて欲しかっただけ……」
逸らしていた眼を翠流のそれに戻す。
深く、純粋で、心へも体へも潤いを与えてくれるようなその瞳を見ていると、こころが凪いでいくようだった心地が、また牽牛の意識に沁み渡ってゆく。
「もう、僕の本当を見せることが出来たから、悔いはないよ……。……後は、僕は水窟の底に沈むから」
「何……?」
「神聖なる力を使って、水窟を暴くという、禁忌を犯したんだから……。星翁 様どころか、天帝の耳に入ったら、御許しになる筈がない……」
「そんな……、」
水窟への扉は開かれている。その前に立つ翠流は冥玄に沈みゆく気色を漂わせ、かなしい幽艶さだった。
行かせたくない。
そう、翠流の腕を掴みたかったのに、またも強い瞳 で捕らえられたのは、牽牛の方だった。
「牽牛。最後に、僕を見て」
「僕の瞳に映っているのが、『本当』の牽牛の筈」
いつの間に牽牛の頰を、翠流の掌が包みこんでいて、牽牛の眼を翠流のそれが、得がたい星に手を伸ばすようなひたむきさで、覗きこんでいた。
「牽牛だって、もう十分、本当の『自分』を解き放って構わないんだよ。
裏切りや穢れを知らない。温かな気持ちを誰へもにくれて、何より、家族をとても大事にしている。
優しくて、太陽に灼けた肌と黒髪の綺麗な、土といのちの匂いに満ち溢れてる、僕の大好きな牽牛。
僕は、誰よりもそれを知っている。そんな牽牛のことを、どうかどうか、 忘れないで」
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