8 / 9

爆ぜ

 天の川の畔で膝を抱き、蹲る自分の背が過ぎる。  物心ついた時から共に月日を重ねてきた牛が病に罹り、初めての別離を経験した時、 牛飼いの家畜のことであるのに、声のない啜り泣きを同じく膝に閉じこめていたのは、隣の小さな翠流だった。  労苦の多い農耕生活のなかで、こころを手放したようによく夜空を見上げた。  宙からの星風のように、翠流はいつしか添っていて、細いあえかな指を天空へ伸ばす。  あれは、牽牛みたいな牛飼いの星座だよ。あの王子星は姫様を追いかけている。対になってるあの星雲は、仲良しの双子……。  地上でただ天を見上げているだけでは、知らなかった愉しい夢神話が拡がっていた。翠流でしか、与えられなかった癒えとひとときだった。  織女は、どうだったのか。彼女は、その御足(みあし)を土に着けることは決してなかった。  花のような香気で包みこむ風情でありながら、家畜が傍に在れば袖で顔を覆い、相見えればこの肌を、何より先に柔らかな性急さで求めた。  …………俺は、『何』を見ていたのか?  そして、 俺を見ていたのは——。  (うち)で巡りはじめた問いは、翠流の優しい囁きで溶かされた。 「でも、大丈夫……」  浄らかだと思っていた眼許が、またいろのついた薄紅に滲む。 「僕の大事な牽牛は、きっと、誰といたとしても、ずっとずっと変わらない……」  声にも、刹那の、濡れた恋情が絡んでいて、下帯に指を掛けられたのは察知していた。  いままで知ってきたどんな芙蓉とも違う、蓮の花のような(かぐわ)しさが近づいてきて、 それが自分の唇に、生きて熱い、(ぬめ)った感触を与えてくると思っていたのに、  星の欠片が、初めての恋におそれるように、 指で指に、ふれてくるような。  牽牛の顎に、翠流の躑躅(つつじ)色の唇が、 爪先から横顔にかけて、星に指で辿るよりなお懸命に伸びて、 そっと、届いた。  ふるえている。  禁忌を犯した、罪悪なのか。  それとも肌を曝けだしながら、はじめての恋と熱におびえる、生まれたての暁星(あかつきぼし)であるのか。  吐息と、熱と、いとしさの限りでまた翠流の潤いで巡らされていくようで、 牽牛の意識と上空の星の紅い爆ぜとが、一体となって、眩んだ。

ともだちにシェアしよう!