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いばらの虜囚 3
「……接待もほどほどにしておけ。要望ばかりを聞いていたらキリがない」
その呟きのような言葉が自分ではなく、大神自身に向けて零されたものだと理解した時、直江はまるで壊れかけの玩具のように扱われているセキを見ることになった。
平家作りの和風の屋敷が遠くに見え、大きな門に幕張提灯が掲げられる。
昔は門に「神鬼組」と掘られた随分と立派な看板がかけられていたが、それは法律により今ではかけられることがなくなった。
名残のように残る日焼け跡だけが、ここが神鬼組の屋敷だったのだと物語る証拠となっている。
いつもは時代に取り残され、かろうじてかつての栄華を垣間見せるそんな屋敷だったが、久方ぶりに幕張提灯に火が入れられた途端、息を吹き返したように人の気配を受け入れていく。
いつもは建物維持のために、行儀見習も兼ねて数人の若手が住んでいるだけの屋敷だったが、その静けさが嘘のように今日は人の出入りが多かった。
門前い連なる黒に塗りのいかにもと言いたげな高級車と、訪れる人々は誰も彼も一般人ならば近寄りたくないオーラを纏っているため、その辺りは異様な緊張感に包まれている。
「 やぁ、柏の兄さん、お久しぶりです」
「 あぁ、ほんまやなぁ……お互い、よぅ生きて会えたわ」
「 ははは。柏の兄さんの冗談は相変わらずですね」
「 ああ、お久しぶりですな。お互い、随分長い別荘でしたね」
「 むぅ……ジギリならともかく、こんな形でとは 」
はち切れんばかりの腹をしているもの、明らかに何かの格闘技を嗜んでいたと思われるもの、体はしょぼくれてはいたがその眼光だけで人を殺しそうなもの、さまざまな人がいたが一様に礼服を身につけており、この場が随分と改まったものだと暗に知らしめる。
そんな男達が砂糖にたかる蟻のように、続々と元神鬼組の屋敷へと集まり……しばらくなんてことはない挨拶を交わした後に、意味ありげな視線で密やかに話を始めた。
「 随分と、羽振りのいいそうで」
「 とはいえ、あの畜生が産んだ子でしょう?」
「 お父上には、似ていなかったと記憶しておりますが……」
「 まぁほら、母親にと言う可能性もありますからな」
潜められた言葉は小さいように思えて存外に大きい。
最初は二、三人の間だけの話が、やがて屋敷に到着した人々の間に伝染していくのに、たいした時間はかからなかった。
波が重なって大きなうねりになるように、人々が大神の話を声高に喋り始めた時、ゆっくりと一台の車が止まって一人の男が降りてくる。
なんてことはない動作だ。
車に乗っていたから降りた、ただそれだけの動きだったのに噂話に興じていた人々ははっと口をつぐんで縫い付けられたようにその場に固まってしまった。
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