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いばらの虜囚 5
「お久しぶりでございます、柏の親父さん」
針の落ちる音ですら大きく聞こえそうなその場に、大神の低い声が響いた。
柏はさっと左右を見回し、今この場にいる連中の中で自分の一番位が高いことを確認すると、自分へ最初に声をかけた大神に対して胸を張るようにして「ふん」と一息吐く。
「ああ、そうやな。顔も見せにこんかったし、久しぶりすぎてわからんのか思てたわ」
一瞥すらせず返された言葉に、大神は顔色ひとつ変えないままだった。
硬質な表情は見ようによっては微笑んでいるような形で固まり、何者にも崩せないような雰囲気を醸し出す。
「申し訳ありません、相も変わらず駆け回らないといけないもので」
「何言うとんのや。ずいぶんと手広く……いろいろな方面に手ぇ出しとるらしいな」
いやらしく潜められた後半の言葉に大神は動じないまま、笑みを深める代わりにわずかに頭を低くする。
一見従順な様子に見せかけた返答に、柏は再びふんと鼻で笑ってみせた。
それでなくともだだっ広い大広間の襖を取り払って空間を確保したそこに膳が並べられ、若衆が次々と客達を案内していく。
次第に席が埋まっていくのを眺めながら、大神は誰にも気づかれないように歯を食いしばった。
「はぁ、これはまた、慧はずいぶんと倹約家とみえる」
背後から聞こえたしわがれた声に、大神は振り返ってからゆっくりと頭を下げる。
視線を動かす一瞬で見えた老人は杖を頼りに立ち、随分と小柄で大神の胸にも頭が届かないのではと思わせるほどだ。
けれど、ねめつけるような視線はこの場にいる誰よりも鋭い。
「赤城の伯父御」
冷ややかな表情をした赤城は大神の向こうの広間を見渡し、あきれ果てたように首を逸らす。
「掛け軸や花すらないとは」
「御不興は重々承知しております。新反解体法で 」
パァン と鋭い音が響き、広間が一気に静まり返る。
振り抜かれた杖が大神の頭を直撃し、固唾を飲むような余韻だけを残す。
「それをどうにかするのがお前の役目だろう?」
広間を行き来していた若衆が顔を真っ青にして、二人のやりとりを見守っている。
「お前、わしらがおらんからと腑抜けたことばかりしていらしいな?」
「……」
「会費も受け取らず、逆に金まで払っていると聞いたが 」
大神は揺れることのない瞳のまま頭を下げ続けた。
この男に上納金の扱いについて、不用意に受け取れば所得とされて警察のつけ入る隙になる など話したところで関係ないと、わかっているからだ。
「誰がそんなことをしろと言った!」
大神の耳元でぶん と鋭い音が響き、再び鋭い衝撃が脳を揺さぶる。
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