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いばらの虜囚 7
切れた唇から赤い血が這い出して来るのを拭い、大神は何事もなかったように真っ直ぐに立つ。
その姿は言葉にはしなくとも、おいぼれの打撃など意にも介さないと告げていた。
祝いの膳がすべて運び込まれ、客人がそれぞれの席に着く。
若衆が酒を注いでまわり……
けれど、祝いというには明らかに張り詰めた空気に広間は浸されていた。
上座に座り脇息に身を預ける 神鬼組の組長である大神悟とその息子である大神慧の間に交わされる緊張感は、今からめでたい席を設けるというにはあまりにもな圧を放っている。
まるでわずかな振動があれば決壊しそうなほど水が並々と注がれた器のようだ。
「長のお勤め、ご苦労様でございました。ささやかではございますが祝いの場を設けさせていただきました。皆様のご苦労をお慰めできると幸いに存じます」
深く下げられた頭が上げられ、時を挟んだ鏡のように瓜二つの顔が見つめ合う。
顔立ちも体格も醸し出す雰囲気も、恐ろしいほどに似通ったこの二人の姿を見て辺りは更に静まり返った。
遠目に見れば似ている程度だったが、こうして向かい合えば差を探す方が難しいくらいだ。
静まり返った広間は針が落ちた音ですら大きく聞こえてしまうのではと思わせるほどだった。
「 」
悟はうっすらと口元に笑みを刷いた表情のまま何も答えない。
本来なら大神の口上の後に労いのひとつでも返すところだが……
この出所祝いの席の主役であり、組長である悟が何も口を開かないことにはこれ以上進行のしようもなく、ずらりと並んだ人々が気まずげに視線を交わし合う。
「悟。まぁ祝いの席だ、お前も早く喉を潤したいだろう?」
赤城が沈黙を破るとホッとした空気が流れるが……真っ直ぐに顔を合わせる親子にはまるでそれがわかっていないようだった。
普段から悟に別格の扱いを受けている相談役とはいえ、うるさくせっつきすぎるとどうなるかわかっていた赤城は、その一言を最後に唇を引き結んだ。
赤城は何を考えているかわからない横顔を見つめながら、数年刑務所にいたために随分と丸くなったのだろうか と訝しむ。
若くして組を率い、どこの派閥にも属さないままに神鬼組を一目置かれるまでに引き上げた気性が、そんなことで穏やかになるとは思えなかった。
ましてや、自分を刑務所に放り込んだ息子を前に、静かすぎる。
まるで何かの大きな災害の前触れのように不気味に感じ、赤城はむっと唇を引き結んだ。
「 酒を」
冷たいと感じてしまうほどに淡々とした声が漏れ、気だるげに指先が動く。
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