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いばらの虜囚 9

 だから、目の前で普段は頭を下げることのない男が人前で土下座し、酒をかけられるなんて屈辱を受けているのは、これ以上ないほどの見せ物だった。  ましてやその平伏している男は、組が新世代反社会解体法で混乱している最中に組員達を警察に売ったのだ。  例えそれが神鬼組をかろうじて存続させるための手段だったのだとしても、まだ若く後ろ盾のない大神がそれを行ったことに反感は大きく、説明を受けた者の中には納得がいかないものも多い。 「ましてや、俺達がいない間に、若頭なんて名乗りまであげたらしいな」  名乗ったと言えば勝手に名乗ったと叱責されるだろう。  名乗らなかったと言えばこちらの言葉が嘘なのかと詰られるだろう。  新反解体法で名乗ることができないと諭せば、意気地がないと嘲笑われるだろう。 「何やらそう噂をされていたようです」 「ははは! なるほど」  その口さがない奴を連れてこい と言えば大神は連れてくるだろう。  それが本当に大神のことをそう呼んだか呼んでないかは関係ない。もしかしたら目の前に連れてこられた段階で、そいつは口が聞けない状態なのかもしれないのだから。 「さぁ、今日は俺の出所祝いだ。忌々しい決まり事で昔のように格式ばったものはできないそうだ、ただ楽しんでくれ」  大神に対する言葉とは違い、低く朗々と人の耳に届く声に客達はやっと笑みを見せて頷いた。  ゆっくりと頭を上げる大神は、もうその場では存在すらしないかのように誰も傷の心配もしない。  けれど大神も百も承知のことなのか何事もなかったかのように立ち上がると、若衆に支持を出して女達を広間へと招き入れた。  障子を開けた途端にキャアキャアと可愛らしい声をあげて入ってくるのは、どれも見目麗しい女性やΩだ。  派手なものはいなかったが、それでも化粧の傾向や服装でこういった場に慣れているのだろうと推測させる。 「大丈夫ですか? 救急箱を持ってきますので  」 「いや、拭えるものがあればいい」  駆け寄ってきた若衆は硬い声で言われ、それ以上強くも言えずにタオルを手渡して項垂れる。 「どうして……言われるままにしているんですか? 大神さんが……あの人達が捕まってから大神さんがどれだけ組を残すために奔走したか……っ組だけじゃない、どうしていいのかわからなくて路頭に迷っていた俺達のことも  」 「うるさいぞ」 「あの人達の面倒や生活費だって! 大神さんが  」 「うるさいと言っている」  怒鳴られたわけではなかったが、若衆は駆け上がってくる悪寒にそれ以上何も言えず、勢いよく頭を下げてから台所の方へと駆けていった。

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