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いばらの虜囚 22
最後に大神は錠剤の入った小瓶から二錠だけ取り出し、セキの掌に乗せる。
「熱が出るだろう。鎮痛解熱剤だ五時間経ったらもう一度飲め」
「答えてくださいっ」
「これ以上興奮するな」
「オレっ 大神さんの望むようにできましたよね⁉︎」
セキの手がさっと大神の手を掴んだ拍子に、白い錠剤がてんでばらばらに転がっていく。
「よ……よかった、ん、ですよ……ね?」
自分の体を見下ろし、シャツに透ける赤い傷口をじっと見つめる。
殴られ蹴られた傷だけならすぐに治るだろう、歯形も剥がれた爪もだ。
けれど、セキの体に刻まれたものはそれだけじゃない。
浴室で大神が丁寧に後唇から精液をかき出した行為が示すように、セキの体の奥深くまで悟は容赦なく傷をつけた。
「オレ の、体、大神さん以外の臭いがしてます……だから 」
握っていた手を引っ張り、セキは伸び上がるようにして傷ついた唇を突き出した。
いつものようにキスをねだる仕草が……
「 っ」
大神が顔を逸らした途端、セキの気持ちの行先が消えて想いだけが彷徨う。
いつもなら仕方なさそうに応えるか、タイミングが悪い時は手で押し返したりして何らかの反応を見せるはずなのに。
大神は何もしないまま顔だけを背けた。
「あ……そ、 な、 だって、 」
ガーゼの当てられた手を握り込み、セキは抑えきれない震えに体を支配されながら、真っ青な顔で俯く。
視界に入る足先はすべての傷が丁寧に手当てされていて……それだけだ。
それだけ。
それ以上の接触もなければセキを安心させる言葉一つない。
「っ、ぉ おお がみ、さ っオレ! 貴方のためにっ」
裂かれる絹のような悲鳴が上がり、細い体が椅子から崩れ落ちていった。
泣き腫らした顔でセキが部屋から出ると、昨夜の騒動など微塵も感じさせない様子で大神が立っていた。耳に当てていた携帯電話をずらすと「おはようございます」と僅かに掠れた声で言って頭を下げてくる。
「ゃ……お、大神さん? なん……」
挨拶を返すことも忘れ、普段とは違う態度の大神にセキは恐る恐る声をかけた……が、視線は合わなかった。
セキは戸惑いながら覗き込んでみようと一歩踏み出すも、その分大神が下がっていく。
「 っ」
「朝食を一緒にと、親父がお待ちです」
「大神さん!」
「これからは好きなように呼び捨てください」
ぶる と一際大きくセキの体が震えて、大神に向かって手を伸ばし……やはり距離を取られてたたらを踏んだ。
痛みのせいか爪先が床板に擦れるたびに顔を歪めて、セキはもう一度だけ「大神さん」と呼ぶ。けれどそれに答える声はないまま、「こちらです」と背が向けられる。
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