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いばらの虜囚 26
「嫌なら言われた通りにするんだ」
感情のこもらない声はいつもの通り、若衆がセキに挨拶のために近寄った時と変わらない冷ややかなものだった。
若衆はその声の中にセキへの感情を探そうとしたがうまくいかず、苛立って大声を上げた。
「大神さんの恋人に手なんて出せるわけないです!」
「彼は組長のオンナだ」
なんの変化もない口調に押されて、セキの堪えきれなかった涙が落ちて畳を打つ。
ぱたん と鈍い音を聞いて、最初に声を上げた若衆は拳を作って部屋を飛び出して行った。
残りの二人も顔を見合わせ……大神に「見損ないました」と小さく告げて駆け出していく。
押さえる気もない怒りを表した足音が遠のいて行き、辺りはまた再びしんと水を打ったように静まり返った。
「慧、わかってるな? あいつらにはきちんと尻を拭かせてから放り出せよ?」
「はい。わかっています」
親子の会話というにはあまりにも堅苦しく異常なそれに、座敷に残った人々はさらに顔色を悪くして……
「今、セキが子ども達に乳を含ませているところだ、残念だったなぁ。お前も組に入れていれば吸えただろうに」
はは と笑いながら悟は何事もなかったように目の前の食事に手をつけ始める。
周りは様子をうかがいながらも誰も手を動かすことはできないままで……
「…………興味はありません。失礼します」
畳を叩く水音に混じって小さな嗚咽が上がったが、大神はセキの方を見ることもないままに立ち上がって障子に手をかけた。
それは、今までのセキに対するよう様子とはあまりにも違っていたため、残された若衆達は不安げに視線を絡めてお互いの感情を推しはかろうとする。
父親の情夫に対する態度としては納得がいく。
けれどセキは以前から明らかに大神のお気に入りで、直江と同じように常に傍らに置いていた。
自分の情人だった相手にするにはあまりにも情けのなさすぎる態度で、セキに対して小さなかけらさえも気持ちが残っていないのだとはっきりと告げているようでもあった。
倒れた三人を見下ろし、大神の冷ややかな言葉が落ちる。
「いつもの病院に行けば手当ぐらいはしてくれるだろう」
血のついた手をハンカチで拭うと、倒れてピクリとも動かない体に投げ捨ててから踵を返す。
「……ぅ、お、大神さんっ!」
通常の人間よりもはるかに大きい拳で殴られて歪んだ顔をあげ、若衆の一人が声を上げた。
「あん っあんた! これでいいんですかっ⁉︎ っ、セ、セキさんは っ」
叫ぶたびに口から血が飛び散って、男の喉元を濡らしていく。
振り返った大神はそれを見返し……それでも瞳は揺らがなかった。
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