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いばらの虜囚 29
男は爪先で汚れた下着を見つけると、器用に弾き飛ばして大神の足にぶつける。
「あんたの連れて来たオメガ。皆にマワされてガバガバになっててよ、締まりの悪いアナのせいでせーし漏れて汚れちまった」
「……」
「っ……しっかり洗っておけよ…………いいな!」
一言も言い返さない大神のひたりと見つめ返してくる視線に耐えられなくなったのか、男は続ける言葉を飲み込んでさっと逃げるように行ってしまった。
後に残された汚れ物を拾いながら、若衆は項垂れながら大神を振り返る。
「あいつにあんなことを言わせていいんですか? あいつだって大神さんの世話になって……」
「……」
「そんなに、神鬼組の伝手が大事なんですか?」
「……」
大神は料理に戻ろうとした手を止めて若衆の方へと向き直った。
「大神さんの手掛けている仕事に、組長の伝手が必要なのは知っています。それがないとその事業が立ち行かなくなるのも……」
今までは悟の息子だからと信用で成り立っていた関係もあったが、今回の出所でそれが揺らいでいるのだと若衆は聞いていた。
下っ端にはまともな情報が行かないようで、実は何よりも情報に敏感なのは下っ端だ。
今、自分達の生活に何が起きているのか、弱いものほど敏感だった。
「仕事は……大事です、でも 」
経営者にとって事業は確かに大事だが、それはこんな態度を取られてまで必要なものなのか……若衆は甚だ疑問で、ましてやこんな境遇に耐えてまで必要なのか理解できないでいた。
「血筋や肩書が大事なのもわかります、でも……ここでは舐められたら終わりです」
若衆はこんなにはっきりと言い返してしまったことに恐怖を感じて、震え出した手を隠すために力いっぱいに握り込む。
ここ数日の大神がおかしいのであって、それまでの大神は姿を見るだけで背筋が伸びるようなそんな存在だった。
「……どうして、組長は大神さんを無視するんですか?」
幹部連中が戸惑ったほど、大神と悟は瓜二つだ。
その血の繋がりはどこにも疑いようなないほどなのに、それでも悟は大神を跡取りどころか神鬼組の人間としても認めない。
今現在、組の人間の生活すべてが大神に支えられているとしても だ。
「親が子を気に入るばかりだと思うか?」
わずかに傾げられた首に、若衆はぐっと言葉を詰まらせる。
親が必ずしも子供を大事にするとは限らないという事実を、身を持って知っていたからだった。
「ただの嫌がらせだ」
「でも……ただの嫌がらせで……」
その嫌がらせがセキの身に降りかかっていることを思えば、若衆は酷く心が痛んで塞ぎ込みたい気分になる。
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