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いばらの虜囚 30

 少なくとも若衆からみれば大神はセキを側に置いて邪険にしたりはしなかった。自分達若衆は挨拶するのが精一杯だというのに、腕っぷしもなさそうなセキを側に置いて何かしら気にかけていたのだから、その他で括れる存在でないのは確かだ。 「セキさんを巻き込むのは、違うと思います」  言った瞬間、やってしまった と若衆はぶるりと震えた。  なんて生意気な口を利いてしまったのか……と大神の方を見ることができないまま、けれど一度口に出してしまった言葉をなかったことにもできない。  もうここは覚悟を決めるしかないのだ と、歯をくいしばり、拳を握り締めて殴られる衝撃に備える。 「………………っ?」  怯える様を楽しんでいるのかと若衆はチラリと薄く目を開けて大神を見遣って……叩けば甲高い音がしそうなほど硬質な瞳と向かい合う。 「す……すみません……生意気言いました」 「口には気をつけろ」  その手に刃物を持っているわけでもないのに、若衆は刃物を突きつけられたような気がして嫌な汗を拭うように喉元を押さえた。  直江は「失礼」と一言言い置いてVIP席を抜け出す。  ここにセキがいることに大神が気づいていて、しかも大神と共にVIP席のさらに奥にある特別な個室に入って行ったのだから気にする必要はないはずだった。  自分には自分の、大神に指示された仕事がある。  それをこなすのが自分の役割であり、大神が任せると信用してくれたことに対しての報いだとわかっていた。  けれど……  直江は一人のボーイを捕まえ、幾枚かの札をポケットに捩じ込みながら顎で奥を示す。 「あそこのドアを開けさせろ。中が確認できればそれでいい」 「  っ」    ちょっとした小遣いだ、すぐに何らかの理由をつけてあの部屋に行くだろうと思っていたが、ボーイは申し訳ございませんと丁寧な仕草で捩じ込んだ札束を返そうとしてくる。 「何も押入れとは言っていない。そうだな、灰皿を替えるとでも言えばいい」  札束を握る手を指先でとんとんと優しく叩き、直江は覗き込むようにしてボーイに視線を合わせた。  ひたりと絡めとるように見つめ合い、力を込めるでもない程度に相手の顎に指を添える。 「ぁ の  」 「ほんの隙間を開けさせるだけでこの金額ならいい小遣い稼ぎだろう?」  くすぐるように指先を動かすとボーイが狼狽えたように視線を動かし、赤い耳を晒すように俯く。  指の甲で揶揄うように顎のラインをそっとなぞり、わずかに残る髭の剃り残しを引っ掛けるようにして動かして……耳元で「な?」と宥めるように尋ねかける。

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