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いばらの虜囚 32

「手は……どうなっていた? あの手だ!」 「あ……」  ボーイは直江に尋ねられて、間近で見てしまった両手の皮膚を思い出して少し顔色を無くした。 「……火傷です。きっと、灰皿がわりにされたんでしょう」  そう言うとボーイは直江に向けて手のひらを見せる。  生命線を途切れさせるようにクレーターのような火傷の痕が現れて、ボーイの言葉は経験から出たものだったのだと直江に知らせた。  一箇所だけの傷をさすりながら、ボーイは「あれはひどいです」と誰に聞かせるともなく呟く。 「……警察に連絡を」 「できませんっ…………あの部屋にいた皆様は……」  ボーイはそこで言葉を区切り、辺りをさっと確認する。 「あの方達は神鬼組の皆様です。このクラブの経営にも一枚噛んでらっしゃいますし……警察に言ったところでここでは揉み消されてしまいます。それに……報復が…………」  声は掠れて震えている。  ここでボーイをしているとはいえ、一般人のこれが限界なのだと、直江はこれ以上無理を言うことはなかった。 「わかった。呼び止めてすまなかったな」 「いえっ…………あの、こちらお返しします」  ボーイはポケットに捩じ込んでおいた札束を取り出して直江へ手渡そうとする。 「これはいらないので、代わりに連絡先を教えていただけませんか?」  札束を返してきた指は少し湿っているのにひんやりと冷たくて緊張しているようだった。  ボーイは星のような光を小さく瞳に浮かべながら、ごくりと唾を飲み込んで直江の返事を待ち…… 「もしさっきのことでここに居辛くなったら連絡してこい」  さっと名刺を手渡し、もう声をかけるなとばかりに背を向けて歩き出した。  その足取りはしっかりとしていたものの、頭の中はいまだに混乱から抜け出せないままで……直江はドアが閉まっているのを承知で奥を振り返る。  なんの変哲もない扉。  その向こうにいたセキの姿とそれに絡みつく無数の男達のフェロモンと……確かに見えた大神だとわかるフェロモン。  どうして大神がいてセキにあのような暴挙を許しているのかわからず、落ち着かない心臓を宥めようと胸に強く拳を押し当てた。  容赦のない経営者、辣腕を振るう事業者、仕事をしていく上で大神は色々な二つ名を獲得していたが、そのほとんどが好意的なものではなかったけれど、Ω達からはそんなことはなかった。  なぜなら、大神がしているΩ達への救済事業が数多くあったからだ。  成功者ならほとんどが見捨てる社会的弱者のΩに、しっかりと向き合う資本家は数少ない。  そんな活動に尽力している大神が、Ωのセキのあんな扱いを黙認するなんて直江は理解ができず……  

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