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いばらの虜囚 33
何かが起こったのだと懸命に考えようとした。
そもそも仕事人間の大神が指示は出したものの、仕事から遠のくこと自体がおかしな話だった。
「休暇を取りたいだけかと思っていたけれど……そんな話じゃないようだな」
自分が連れてきた接待客のいる部屋に戻りながら、直江は苦いものでも噛み潰してしまったかのような顔でそう呟いた。
「────大神さん」
緊急時以外はかけるな と言っておいた携帯電話への着信に、大神は顔をしかめて立ち上がる。
直江は意を汲むことに長けているし、きつく言い置いていたのだから安易なことで電話をかけてくるとは思えなかった。つまりはそれは直江だけでは対処の難しい何かが起こったことを暗示していた。
「どうした」
「あの店でのことですけれど……」
スピーカーから漏れた言葉に、大神は小さな溜息を返して電話を切ろうと耳から離し……
「違いますっ……接待先の話です!」
まるで大神に切られそうになったのをわかっていたかのように直江は慌てて言葉を紡いだ。
あの時、あの店に用事があったのはそのことで訪れていたからで、今回の電話の内容もそのことだと慌てて叫ぶ。
「手短に話せ」
「セキのことで声をかけた店があったじゃないですか」
「そのやり口を俺がよしとすると思っているのか?」
言葉の端々にセキのことを出して気にさせようとしている直江の態度に、大神はもう一度だけ警告をする。
「…………わかりました」
そこが引き際だと感じたのか、直江は軽い咳払いをした後はセキのことには一切触れないまま、大神からの指示で進めていた仕事の接待で起こったことを手短に話した。
接待先で起こったと言っても、じゃあ後は契約の判子を みたいなタイミングで急に手のひらを返されたというだけの話である。
「お前がへまをしたんだろう?」
「いえ、それなんですが、相手の……天野建設の社長に電話がかかって来た途端、社長の顔色が悪くなって、まともな説明もないままに飛び出すようにして出ていってしまったんです」
きちんとした社会人ならば、必要最低限の社交辞令とトゲのない会話で切り抜けて然るべきシーンに、いきなり顔を真っ青にして振り返りもせずに飛び出していってしまったのだから、こちらが何かしたとかへまをしたなどは考えにくかった。
直江は残された天野の秘書を問い詰めてみたけれど、天野社長は電話を受けた途端出ていってしまったために、秘書自身も何が起こったのか把握できていないようで、なんの役にもたたない。
この取引は決して小さいものではなかった。
天野建設が絡む地域の再開発がメインになる計画は、それだけでも莫大な金額が動くプロジェクトではあったが、この話はそれだけにとどまらないのだと大神が言っていたのを直江は覚えていた。
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