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いばらの虜囚 36
「セ っ⁉︎」
一瞬のことに、大神は思わず名前を呼びそうになる。けれど理性がそれを咎めたのか、セキの名前を呼び切ることはない。
「番になろうって奴がいるのに、他の男に向けてそんな言葉を吐くなんて、俺は悲しいなぁ」
「 っ、す みま せ、ん」
セキは謝罪の言葉を一度言ったっきり、口を開かなかった。
悟には何をどう言っても悪いように受け取られ、最終的には自分が悪くなって罰を受ける羽目になると、指の爪と交換にしっかりと学んだからだった。
「あぁ、悲しい悲しい。なぁ? 慧。好きな相手に裏切られるほどつらぁーいもんはねぇよな?」
倒れて動かないセキの髪を掴むと、悟はおもちゃを投げ込むようにベッドへとセキを突き飛ばす。
「な?」
感情を映さない瞳がひたりと大神を見据え、一条の光を反射してケダモノのように光る。
「お前が仕込んだオメガはすっかり俺のやり方を覚えちまった。もうお前のペニスの形も忘れてしまったんだとさ」
「そうですか」
「随分と可愛がったんだろう?」
「必要に迫られたので」
セキとの間には発情の苦しみを和らげる、ただその関係しかなかったのだと言い切るように、大神の声は冷たいままだった。
「なるほど」
「ところで、お尋ねしたいことがあります」
「ああ、だからこんな無粋なことをしたんだったな」
悟は大仰に頷きながらベッドの上でピクリとも動かないセキに跨りだす。
「それで?」
「天野建設に、何をされましたか?」
尋ねる形を取ってはいたが、大神の目は揺らぐことなく父親を見つめていて、自分の言葉に自信を持っているようだった。
悟はその姿を見て薄く唇の端を歪める。
「早すぎやしないか?」
「いいえ」
「…………」
はっきりと返す言葉に悟はニヤニヤとした口元を引き締めた。
目の前で従順なフリをして首を垂れる男を眺めてから、面倒そうに壁に背中を預けてセキの顎を指先で叩く。
黒目の奥が白く濁っておかしいからか、セキは悟を見つけることに手間取りを見せつつも、すぐに側に寄って体を伏せる。悟が自分の顎を叩く時の要求を覚えていたセキは、背後に誰がいるのかわかっていながら逆らわずに大人しく頭を悟の股間へ向けて下げる。
ぴちゃ と音が響き始めた暗闇を、大神は昏い硬質な目でじっと見据えた。
「お前の望みは?」
「天野建設との契約の締結です」
簡潔に言うと、大神はいつも以上に真っ直ぐに閉じた唇に力を入れたようだった。
「ああ、あれか」
悟は思い出したようにセキの黒髪を摘み上げ、自由気ままに引っ張りあげてはブツン と引きちぎって遊ぶ。
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