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いばらの虜囚 37
「ぅ っ」
わずかな呻き声が響いたが、睨み合う男達は何も言わない。
「天野社長、慌てていただろう?」
「……ええ」
「男は多かったが娘は一人だけでな 」
楽しそうに喉の奥で笑う悟は本当に面白いものに対する表情をしていた。
「目に入れても痛くないほど可愛がっている」
そう言うと悟はセキの顔を掴み、ドロドロに汚れた顔を親指でゆっくり撫でてから右目の瞼の上で指を止める。
ゆっくりと指が押し込まれて眼球が圧迫されていく恐怖に、セキは取り乱して「すみませんっごめんなさいっ ごべ ごべんなさ っ」とはっきりとはしない謝罪を叫び始めた。
「目に入れたら痛いよなぁ?」
「 っ、ぅ、ぁ、はい……」
「そこの娘も同じように痛がってな、それはそれは可哀想だった。やっぱり目にはものを入れるべきじゃないんだろうな?」
ひくひくとしゃくりをあげながら、セキは従順にコクリコクリと繰り返し頷く。
「でな、その娘に怪我をさせてしまったんだ」
「……お詫びの品を用意します」
「ああ。あんな顔になって体も傷ついて……子宮もズタズタじゃ嫁の貰い手がないだろう? だから慧。きちんとお迎えするんだぞ?」
「…………」
大神ははっと悟を見上げて……
「ど 」
「見合いと言う形はとってやる。埠頭の第三倉庫下に繋いであるから迎えに行ってこい。ちゃんと懐くように手を回せよ? じゃないと天野建設との話が白紙になっちまう」
悟はそう言うと興味をなくしたように立ち上がってバスローブを羽織る。
「何か言いたいのか? 俺はちゃんとお前の考えていた通り、天野建設との繋がりを作ってやっただろう?」
「っ 」
ギリギリと奥歯がひどい音を立てる。
大神がどれだけの言葉を出さないために歯を食いしばっているのか、本当にわかっているのは本人だけだろう。
悟はセキに向かって赤い薄汚れたパーカーを投げ付けると、興味がなくなったとばかりに部屋を出て行こうとする。
「――――承知しました」
すれ違う父に向けて大神が返したのは是の言葉のみだ。
「そうかそうか、孫を見れないのは残念だが、俺とセキの間の子を養子にすればいい」
「っ!」
「ああそうだ」
そう言うと悟はくるりと振り返り、大神の頭の上で小さな瓶をひっくり返した。
透明な小瓶の中に入っていたのは目が痛くなるような赤い丸薬で、それがざぁ と大神の体に降り注いだ。
「これはもういらん、飲まさなくていい」
「ですが……」
畳の上まで転がってしまった他の丸薬と違い、膝の上にポツンと残った赤い薬を摘み上げる。
それはセキが毎日欠かさずに飲んでいる発情期を抑制するための薬であり、避妊作用も持ち合わせたΩ専用の薬だった。
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