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いばらの虜囚 38
これがなければ、セキはあっと言う間にきつい発情期を迎えて男の精液を欲しがるようになるだろう。
「明日の夜までに、この首輪の鍵を持ってこい」
「それは……」
「安心しろ、噛むのは俺一人だ」
ニヤリと笑いを崩さない悟は、瓶の中に残っていた最後の一粒をぽん と大神に向かって投げた。
「それとも、お前は親のオンナに興味があると?」
「…………」
「なるほど、じゃあお前に噛ませてやろう。ただし、天野建設は諦めろ」
「 ど ぅいう……」
「セキを取るか天野建設の娘を取るか だ」
悟は手の中の小瓶を弄んでいたかと思うと、突然振りかぶってセキに向けて全力でそれを投げつけた。
ゴォん と鈍い音がして、頭を激しく振るわせたセキの体がぐらりとかしいでベッドに沈み込む。「あ」とも「う」とも言う間もないまま倒れたセキの体は微動だにしない。
「……っ」
「聞かれると、情に訴えるかもだろぉ?」
駆け寄ろうと咄嗟に立ち上がりかけた大神の方を、悟の手が押さえつけた。
「噛ませたくないんだろう? 誰にも。それがアルファの本能だからな」
「違います、私はベータで……」
「ベータは父もベータでなければならない」
先ほどまでのふざけた口調と違う真剣な様子に、大神は緊張して顎をグッと引き締める。
「…………お前は、誰だ?」
「神鬼組、大神悟の嫡男、大神慧です」
一拍の間を置き、悟ははは! と笑い出した。
「そうだった、そうだったな。子なら親のために何をするかわかってるな?」
「はい」
わずかな姿勢の崩れも見せないまま、大神は静かに頷いてみせる。
ベッドの上に投げ出されてピクリとも動かない白い手足に目を遣るも、その瞳は揺らがない。
「組のため、お前が何くれと気を割いている研究所のため、会社のため、……お前も色々守りたいだろう? ただの天秤だ。お前はセキを諦めればそのすべてが手に入る。どちらの益が大きくて、どちらの方が多くを掬えるかお前ならわかっているな?」
「…………」
「一人と、大勢」
「わかっています」
「天野の件は、再開発だけじゃあないらしいな?」
尋ねられた大神の変化は微かに喉元が動いただけだ。
「早めに天野の娘を迎えに行け。死んでしまっては元も子もないからな」
「…………」
ひどく上機嫌のまま出て行こうとした悟に、大神はぽつりと尋ねる。
「これは滝堂への復讐ですか?」
機嫌のよかった横顔が凍り付き、鈍い光を含んだ瞳がゆっくりと動く。
振り返るようにして見た二人の視線が絡み合うが、冷ややかさのためか火花が散るようなこともなく軋んだ音を立てるような気配だけを残す。
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