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いばらの虜囚 39
「その男が、なんの関係がある?」
「……男とは言っていません」
大神が返した言葉は、珍しく悟の言葉を否定するものだった。
今にも千切れ飛んでしまいそうなほど引き絞られた空気が、親子の間でキリキリと音を立てるかのようだ。
それを破ったのは大神だった。
「その男も、そうやって始末を?」
「は、ははは! どうした? 興味津々じゃないか⁉︎ そんなに滝堂の男が気になるか⁉︎」
叩きつけるかのような言葉はきつく、大神は実際に肌を叩かれているかのような錯覚を覚えるほどだった。
悟は首を伸ばすと、大神の顔をゆっくりと覗き込んでその粗い作りの顔を矯めつ眇めつ眺めて顔を歪ませる。
時間を超えた鏡を見ているような二人が向き合う姿は、不自然なほどそっくりだ。
違いは刻んできた時間とところどころにあるほくろ、それから積み重ねられた傷跡くらいのもので……組員達が動揺するほど似通った顔貌、体型ははっきりと二人を親子だと告げていた。
けれど、悟はそれを鼻で笑い飛ばす。
「幾度か、秘密裏に美容外科で手術を受けたらしいな?」
「…………時代です、男も外面を気にします」
もっともらしい返事はあまりにも模範解答すぎて、いつぞやのようにすでに答えが用意されていたかのような滑らかさだった。
澱みも戸惑いも無い返事に悟が唇の端を引き上げる。
「親からもらった大事な顔だろう? 虐めてやるなよ?」
はは と笑い、「セキを綺麗にしておけ」と告げて悟は機嫌の良さそうな足音を響かせながら行ってしまった。
気を失ったセキを抱えて大神はゆっくりと立ち上がった。
少し揺らしたくらいでは目覚めない体は、心底くたびれて疲れ切っているんだと知らしめる。
体は随分と汚れていたがそれ以上に怪我が目立つ。大神は頭から爪先までをゆっくりと確認し、気を失っているうちに と体を洗うことにした。
「湯の用意はしてあります。手当はどうされますか? 医者を呼びましょうか?」
「……いや、瀬能先生がいらっしゃらないからな」
でも と、セキの姿を見て不安そうにする若衆に大神は一度だけ首を振り返す。
「わかりました、手当の準備もしておきます」
「ああ」
何か言いたげな若衆の背中を見送ってから、大神は風呂へと向かう。
大人数で生活できるように大きく取られた風呂場は先ほどの若衆が湯をはり直したからか、清潔な匂いがしている。
一番新しい額の傷は大きな瘤になっていて、前髪でなんとか隠れてはいるがその不自然さは一目瞭然だ。
「……」
触れることすら躊躇する痛々しさに、大神は一度だけきつく目を閉じてセキの姿を視界から追い出す。
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