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いばらの虜囚 40
一瞬視界から消えてもなかったことにはならない。
その事実を噛み締めるようにゆっくりと大神はまぶたを上げる。
元々小さく細い体から尊厳を削り取られ、セキの体は鶏ガラのように萎びて……大神は何も言わないままに、砂漠の国でしたようにゆっくりとセキの体をぬるめの湯にそっと沈めた。
温めとはいえ湯に沈めたと言うのにセキの体は青白いままで、生命の息吹きらしきものは傷から流れる赤い血ぐらいしかない。
痛々しい と一言で言ってしまうにはあまりにも凄惨な姿を前に、大神は表情を消した。
そしてまるで感情がないのだと言わんばかりの淡々とした動きで、セキの体についた汚れを洗い流し、小さな傷一つ一つにまで薬を塗り込み、丁寧に包帯を巻く。
額に触れた時、セキが小さく呻き声をあげて目を開いた。
部屋の明かりをひどく眩しそうに見てから、傍らで薬を持つ大神を見つけてはっと息を飲む。そろりと瞳を動かして大神の顔を確認してから、ほっとしたように胸を撫で下ろす。
「大神さん!」
花が咲くようにぱっと笑ったセキは大神に抱きつこうとして、包帯の巻かれた指先を見て慌てて手を引っ込める。
大神が手当をしたのだから、そこがどんな状態か知られているはずなのに、セキは懸命に隠そうとしてギュッと握り込んだ。
「え……えへへ、最近ぼんやりしてて、怪我が……多いんですよ、は 恥ずかしいな」
そう言うと、お互い暗黙の了解でもあるかのように二人の視線は傷から外れる。
「転んで額をぶつけられたようですが。吐き気などはございませんか?」
「おでこ……」
セキは曖昧な表情をしながら額に手を伸ばし……はっとなって大神へと詰め寄った。
「お……大神さんっ! あ、あの話は……」
「どのようなお話かは存じ上げませんが、上の話をみだりに口にはできません」
「っ!」
セキは部屋を見渡し、それが私室として与えられた小部屋だと確認すると「ここには誰もいませんっ!」と大きな声で叫んだ。
この小さく切られた世界でなら以前のようにさまざまな話ができるのだと、セキは大神に縋る。
合わせて貰えなかった視線を無理矢理に合わせ、失敗した笑顔で訴えるように言葉を紡いでいく。
「……オレ、ちゃんと耐えてますよ?」
「……」
「大神さんの言う通りに言うことを聞いて、なんっ……なんだって……何、されても……」
小さな震えが傷ついた指を振るわせ、火傷で爛れた手のひらを一層酷くみせる。
「お お見合い……するんですか?」
パタパタ と手のひらに雫が落ちて、瘡蓋になった火傷の上にじわりじわりと広がる。
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