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いばらの虜囚 42

 「そうだな」といつものように返事が返ることを期待して見つめるセキは、小さな時計の音が積み重なっていくにつれてわずかずつ顔を歪ませていく。 「なんで返事してくれないんですか? そういうことじゃないんですか? そう思っちゃ、駄目なんですか⁉︎」  声を幾ら荒げても大神は返事をしないまま…… 「では、失礼致します」  セキに向けて頭を下げて立ち上がってしまう。 「天野って人を迎えにいくんですかっ⁉︎」 「……はい」  少しだけ振り返って答えると、大神は何事もなかったように部屋の扉に手をかける。セキは痛む体を動かして必死に腕に縋りつき、弱い力で大神を腕を引っ張った。 「い、いかないでくださいっオレっ……オレの世話をしているんなら、傍を離れられないですよね⁉︎ だからっその人のところに行かないでっ」  射るような眼差しに大神は一瞬息を飲み……けれど、セキの手をやんわりを腕から外して頭を下げてくる。  普段、セキが見ることのない撫でつけられた黒い頭頂に、小さな嗚咽が溢れた。  まるで降り出した雨のように水音が追いかけるように響いたが、大神は振り返ることなく部屋をでていってしまった。  紅潮した顔を隠すようにセキは顔を伏せて正座をしている。  気を抜くと震えてしまいそうになる手をしっかりと握り込んで膝の上に置き、自分の身には何も起こっていないのだと装っていた……が、フェロモンを嗅げる人間にしてみれば、そんなものは無駄な努力だった。  とろりと蕩けるような表情が、赤くほてった頸が、自覚もないままに揺れる尻が……すべてが発情期が始まったのだと物語る。  なんてことはない呼吸一つにしても色が含まれ、セキを見た者達はごくりと生唾を飲む。 「ほら、セキ。なんて顔をしているんだ」 「顔、です か?」  はねそうになる息を押さえつけながら返す返事は途切れ途切れでどこかぼんやりとしている。  その姿に悟は上機嫌で頷いてみせ、汗ばんだ頬に垂れる黒髪をそっとすくって耳にかけてやったりと、甲斐甲斐しく手を伸ばす。 「今は、どんな状態だ?」 「いま……ですか? おなかの奥がじれったくて……」 「そんな言い方を教えたか?」 「  っ」  優しい問いかけだったがその奥に潜む凶暴性に、セキははっとなってぼんやりする頭を繰り返し振った。  少しだけ正気を宿した視線を周りに向けて、大神を含んだ組の面々が揃っていることに小さく身じろぎをする。 「ほら、皆がお前の挨拶を待っている。これからこの組を俺と一緒に引っ張って行くんだろう?」 「ぅ……あ……」  泣いたために腫れ上がった目でセキは大神を探す。

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