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いばらの虜囚 51
静謐と言っていいほどのまっすぐな視線を受けて、悟はぼんやりとした。
かつて報告を受けていた大神が起こした乱闘とその結末が脳裏によぎる。
苛烈な行動と拳を振るった際の際立った力強さに、周りが血は争えないと言わしめた人間のようには思えなかった。
「……どうして、黙っている?」
ひたりとこちらを見る瞳に、悟は気圧されて身をわずかし逸らす。
「……あぁ、やっぱりお前は、あの男にそっくりだ」
「滝堂組の滝堂俊吾ですか」
「 」
大神の言葉に悟の逸らされていた体が、目の前で首から血を流して倒れているセキへと戻される。
ふと現実に戻ったように、首から流れ続ける赤い血を掌で拭い、白い肌に擦り付け……
「ああ、そっくりだ。お前も、このオメガも、豚みたいに死んでいったあいつと同じ体験をさせてやろう」
そう言うと悟は酷く楽しそうにセキの左腕を取り、本来曲がる方向ではない向きにぐいぐいと力を込め始めた。
「ぁ あ゛……」
揺らされて、床との間でセキの嗚咽がすり潰されてシミのように耳にまとわりつく。
「全部全部……思い知らせてやる。人のモノに手を出して……」
「だから、殺しましたか」
到底、人の体からするような音ではない響きがして、悟の手がふっと軽くなる。
不自然な方向に曲がって動かなくなったセキの腕を不思議そうに見てから、悟は大神に再び視線を戻した。
「あいつは何をしても認めなかった。だから足を切ってやった、でも答えなかった。次は腕、それでも話さない。……アルファってのは、丈夫だなぁ?」
悟は独り言のように呟きながらセキの右腕を手に取る。
「豚のようになろうが、皮剥がれようが、しぶといしぶとい」
語尾は笑い混じりだったが、再び響いた鈍い音にかき消されるような小ささだ。
パタン と放り出された手が左右に広がって、白い腕は折れた天使の翼のようだった。
「ああ、でも」
はは! と無邪気な笑い声が上がる。
心底おかしそうな声はこの場には不釣り合いで、どこにも馴染むことがないままにかき消えた。
「ミンチにしたら流石に死んだ。だが、結局ヤツは話さなかった」
「海、ですか」
「参りに行きたいならコレクターを訪ねるといい。父の背中は残っている」
悟の笑いは喉の奥でくつくつと湧き立つようなものに変わっていたが、手は止まらなかった。
力なく伸ばされたセキの白い足を掴もうと再び手を伸ばし……
「もういいぞ」
大神の声に動きを止める。
脈絡なく告げられた言葉を意味を悟が繰り返そうとした瞬間、口の中がざわりと蠢いた。
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