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いばらの虜囚 52
たった今の今までセキの血で金臭かった口内が苦くなる。
うろたえて口を動かそうとするとジャリジャリと砂つぶを噛むような、それでいて魚卵を潰したような感触が骨を伝って脳に届く。
「――――っ」
思わず唾を吐き捨てて床に広がるそれを見ると、じわりと形が崩れて小さなカケラが蠢き出す。
「……虫?」
幾つかは噛み砕かれ、幾つかは唾液で溺れ……それでも小さな生き物たちはいじましげに微かな足を動かし、四方八方へ逃げ惑う。
悟は自分の口から出てきたそれをぼんやりと眺めていたが、急に吹き込んできた冷たい空気にハッと顔を上げた。
鴨居に立つ大神が扉をすべて開け放ち、新鮮な空気を部屋の中へと流し込んでいる。
冷たい空気が体の表面を撫でるにつれ、悟は自分の頭がぼんやりとしていたことに気づく。
思考は普通にできた、けれどどこかタガが外れたように感情のコントロールが難しくなり、大神の知らない真実をぶつけたくて堪らなくなっていた。
そのことに、悟はやっと気がついた。
「お前……何をした」
聞いた人間が心の底から震えを起こしそうな低い問いかけに、大神は表情を動かさない。
鴨居に支えるように伸ばした手に力を入れて……ただそれだけだ。
「セキにされたことに対しての腹いせか⁉︎」
獣の咆哮のような声に、大神はゆっくりと唇の端を引き上げる。
「セキ? どこにいるんです?」
からかいを含んだ声は嘲笑だ。
悟は肌を刺す殺意に悟はサッと組み敷いたままのセキに目をやる。
そこにいるのは腕を折られ、傷だらけになり、半死半生の状態で臥しているΩのはず……だった。
ペキペキと微かに硬質な音で鼓膜を振るわせながら、セキのやつれて細く骨ばった腕が奇妙な動きを繰り返し、やがて折れていた部分がまっすぐに伸びる。
それと同時にくすくすと甲高い女の笑い声が溢れて、セキの背中が糸にでも引っ張られるようにググッと盛り上がった。
「貴方、随分と倒錯的な趣味をしてるのね」
軽やかな声は甘く少し掠れてはいたが魅力的だと聞くものに思わせる響きを持つ。
崩れ始めたセキの口から零れた声に、悟はサッと後ずさった。
目の前にいた小さく、細く、弱く、ただただ大神のためにと唇を噛んで耐え続けていたΩがゆっくりと、小さな粒の塊に変わっていく。
「っ !」
そしてそれが先ほど自分が吐き出した小さな虫の群れだと理解した瞬間、悟は込み上げてくる酸っぱいものに抗えず、畳の上へと胃の中身をぶちまけてしまう。
嫌悪感を抱かせる酸い臭いに生理的に体を震わせながら、やはりその中にいるたくさんの粒が蠢いている。
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