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いばらの虜囚 54
「お前……お前が何を言って何で脅したところで、俺はお前を認めない! どう足掻いたところでお前は今のルートのすべてを失って…… 」
自身の後ろ盾があってこそ手広く行われている大神の商売を質に取ろうとして、悟は大神のつまらなそうなものを見る目に気づく。
赤城に罵られても、若衆に馬鹿にされても、そのために沈黙を貫いた男の表情とは思えないそれに、悟の胸の中にヒヤリとしたものが落ちた。
喘ぐように呼吸をすれば、新鮮な空気が肺を満たして……
酸素が体を巡るたびにはっきりとしていく思考に、悟はうろたえる。
「俺に、薬を盛ったのか?」
大神とすがるは軽く視線を合わせてからどちらともなくうっすらと笑いを零す。
その様子は肯定のようでもあったが同時に否定でもある。
「お前っ! 何をした! 何を考えているっ」
「親父、最後通牒だ」
声を荒げる父に対して、大神の声は平坦だ。
「組長の肩書を下ろし、隠居しろ。赤城の伯父貴も連れて、どこか楽しいところでのんびりとやるといい」
大神は煙草を一本咥えると冷ややかに悟に視線を向ける。
「老後に困らない程度の金は用意する」
慇懃無礼な物言いに、悟は奥歯がギィギィと音が鳴るほどに噛み締められて……見下ろす構図に耐えられなくなり、立ちあがろうとしたがうまくいかずに無様につんのめる。
慌てて視線を動かした右手は、足と同様に細い糸が絡みついて拘束していた。
細い髪のような糸にそんな拘束力なんて……と自由な左手で払おうとした瞬間、サッと糸が崩れて悟の指先を避けるように動く。そしてまた再び列を組み直すと、じわりと拘束の力を強めていく。
「これ……は……」
「ここから離れ、関わらず、おとなしく、息を潜めろ」
「ふざけ っ」
ぎし と腕が音を立てる。
細く力ないように見えたそれが、皮膚に食い込み締め上げていくのを悟は信じられないようで見て……
「ダルマにして、薬漬けにしてもいい」
大神は煙を吐き出すついでにふっと笑う。
「その方が手間がなくてよくない?」
すがるは赤い爪を形の良い唇に当て、んー……と服を選ぶ時のような声を出す。
軽やかな態度だというのにその目は冷ややかに悟を見下ろしている。
人の生死に関わる決定をなんとも思っていない視線だと、悟はもがきながらその目を睨み返した。
「そんなことができると?」
「…………」
「はっ! おめでたい! お前の情報が俺に筒抜けだったことを忘れたのか? 俺の息がどこまでかかっているのか……」
セキとのことも、大神の手広い商売の内容も、研究所内でのことも、悟は報告を受けて何が起こり、何をしようとしているのかを把握していた。
大神は、結局自分の掌の中から抜け出せていないのだと、せせら笑う。
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