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いばらの虜囚 55
「お前は苦しんで苦しんで死ぬべきなんだ」
悟の肩の筋肉が膨れ上がり、ぶちぶちと音を立てて自分を絡め取っていた糸を引きちぎる。
戒めが皮膚に食い込んだ部分から血が流れても意にも介さず、悟はゆらりと立ち上がって大神へと手を伸ばした。
「お前に何ができる? すぐにホンモノを連れてきて同じ目に遭わせてやる、全員っ全員! 全部潰して、魚の餌にして……」
口角に泡を飛ばしながら叫ぶ悟の声が途中で途切れて……食いしばる歯の間から一筋の血が溢れ出す。
それは細い筋だったが堰を切ったようにあっという間に溢れ、ごぼりと口から溢れて畳の上へとばたばたと大きな音を立てて落ちた。
「 っ、……あ゛ 」
溢れ出た血はあっという間に広がって血溜まりになり、悟を飲み込むようだ。
「 …………」
大神がため息を誤魔化すように紫煙を吐き出し、煙草を弾くようにして投げ捨てる。
「こんなことしても、お前に繋がるものは全部…………」
「本当に、俺があんたの後ろ盾が欲しいと思って黙ってたと思っているのか?」
大神はかつて悟がして見せたように、純然たる疑問に対してするように首を傾げてみせた。
「はは! ムショ生活でボケたか」
「お前っ 」
悟が怒鳴り返そうとした瞬間に体が傾ぎ、大きな体がどすんと血の中に沈み込んだ。
自分が吐き出した血の海で溺れそうになった悟が体を支えようとして、目に入ったのは何もない腕だった。
小さな粒が蠢く腕の先端は、まるで出来の悪い合成写真でも見ているかのように途中からぷつりと途切れて消えている。
「大神ぃ、このお肉固いわ」
「古いからな、仕方がない」
その言葉にすがるはちょっと拗ねるような顔をして、くるくると指先に金色の髪を巻き付ける。
悟はその会話を聞いてハッと目を見開くと、自分の体を見下ろす。
無数の微小な存在が四方八方から皮膚の上を駆け上り、それぞれに落ち着ける場所を見つけた途端にじっとそこでうずくまる。いや、うずくまったようにみせて、体を振るわせて……
そこからわずかずつ、体が削られていくのを見る。
「 っ!」
は と悟の息が跳ね上がり、体を這うそれらを叩き落とそうと腕を振るうが……
「なん……」
その腕すらなく、悟は呆然と膝をつく。
「後の処理は任せたぞ」
呆然とする悟に背を向けて、大神はなんの興味もない様子だった。
すがるが軽やかにうなずく姿に最後の視線をとどめて、何事もなかったかのように歩き出す。
「慧っ!」
腹の底からの咆哮は鼓膜を振るわせるどころか突き破りそうな勢いだった。
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