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いばらの虜囚 56

 花びらのような血飛沫が飛び散り、襖に当たってバチバチと派手な音を立て、金臭い臭いが辺りに漂う。 「――!」  生臭い肉が剥き出しになった際の臭いが強く立ち上ると同時に、塊がぶつかる感触がして大神のシャツが強く引っ張られる。  犬が唸ったような呻き声と共に布が切り裂かれる音が響き、大神の隆々とした肩と背中が剥き出しになった。  悟は血まみれの口からシャツの切れ端を吐き出し、支える手足を持たないままに床に転がって大神を見上げている。  その視線は、大神が背中に背負った色鮮やかな倶利伽羅の刺青に惹きつけられていた。 「  は! 倶利伽羅か!」  もう身を起こすこともできないのに、悟の目はギラついてその中にある殺意を隠そうともしていないだけでなく、今からでも逆転できる一手はないかと諦めていない表情だった。 「慧」 「……はい」 「般若は司るものを知っているか?」  罵られるとばかり思っていたからか、大神はその問いかけにわずかに眉間を寄せただけだ。けれど、その表情から「知らない」を導き出すのは悟には簡単なことだ。 「智だ。智慧」 「般若がなぜ……」  言いかけて大神は口を引き結んだ。 「お前の名は、あの女がつけた。慧」  もう首もあげてられないのか、悟の首がドスリと畳の上に落ちた。 「智慧、の『慧』だ――――――――――ははははははは! 慧! 愛されているじゃあないか!」  血を吹き出しながら悟の声はますます高らかになっていく。 「その息子が俺を始末するんだから、よくできてるよなぁ?」  肩がなくなったせいで、悟の首がごと と鈍い音を立てて床に落ちる。  もう顔を上げる筋肉が残っていないのか、悟は血の海に沈んだままギョロリとした目だけで息子を見上げた。  悟はもう一度笑おうとしたのだろうが、喉を迫り上がってきた血が喉を詰まらせたために叶わなかった。 「あんたは、番を信じるべきだった」 「はは!」  上げられた笑い声は掠れて空気が通っただけのように聞こえる。  けれど、大神の耳にはきちんと父が嘲笑ったのが聞こえた。 「  お 前も、 番を  失え ば、いい!」  真っ白だった歯が赤く染まり、口角に赤い泡がぶくぶくと生まれ始めて……  虫に食い荒らされる振動か、それとも失血による震えか、もしくは悔しさによる慄きだったのか……大神は結局、最後まで問いかけなかった。  ヒソヒソと声を顰めて繰り返される噂話はいつものことだったが、それでも葬式だからかいつものように声高ではない。  豪奢としか言いようのない、白木と白菊に飾り立てられた大きな祭壇は、見るものを圧倒するほどの豪華さだ。  

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