58 / 86

いばらの虜囚 58

 組長である悟が末期の癌で亡くなったと報せたと同時に行われた大粛清。  未だヤクザという立場にしがみついたもの、上下を弁えなかったもの、情報を漏らしたもの、それ以外も大神たちに不利益をもたらしたものたちは悉く捕えられた。  若衆は捕まった人間たちがどうなるのか推測はできていたが、口出しするつもりはなく、ただ沈黙を守る。  朝、元気にセキを引きずっていった人間が一時間後には亡くなった なんて話、その場にいた人間は誰も信じてはいなかったがそれを押し通せる力も周到さも大神は持ち合わせていた。  すべては組の膿を出すための芝居だった と告げられた後に行われた捕物を思い出し、自分がついていこうと思った相手に間違いはなかったと若衆は胸を撫で下ろす。 「――――ああ、慧くん。この度は残念だったね」  会場に戻ろうとした大神に声がかけられ、大神は足を止めて頭を下げる。 「島木先生……ありがとうございます」  大神は祖父世代の客に丁寧に礼を告げた。  相手はほとんど白くなった豊かな髭の口元を歪め、目尻の皺を深める。 「悟くんは、急なことだったね」 「ええ、以前から瀬能先生に検査を勧められていたのに……不精したせいです」 「ああ、静司くんはお医者になったんだったね。彼の名前はよく耳にするよ、……そうか、一度彼に検診でも頼もうか」  島木は緩やかな笑みを見せ、大神の腕をとんとんと叩いてから立ち去った。  背を見送る大神の手の中で、再び携帯電話が震える。 「  ああ、大神ー? なんかさぁいっぱいあってどれなんだろ、全部持って帰ったらいいか?」  葬儀の場には相応しくないはしゃいだ声に、大神は携帯電話を少しだけ耳から離し、「般若を探せ」と一言返す。 「  えぇー」  それでも数が多い と電話の向こうでレヴィは不満そうな声を上げたが、彼の抵抗は口ばかりだ。素直に動き出したのか、この代わりにガシャガシャとものをひっくり返す音が響いてくる。 「あ? ああ、これかも。これだ」  レヴィは見つけたものに添えられていたラベルの文字を読み上げ、大神に確認をとってから通話を切る。  大きな手が溜め息を揉み消すように目頭を揉み、何かを堪えるかのようにじっと動きを止めた。 「お、大神さん?」 「……いや、問題ない」  緩やかに息を吸い込んで目を開けた大神はいつも通りで、どこもおかしなところはなかった。  古臭い屋敷だった。  修繕が間に合っていないのか瓦が崩れているところもあり、その屋敷の隆盛がすでに過ぎ去って久しいのだと見るものに伝えてくる。  かつては幕張提灯が吊るされていたであろう門をくぐり、荒れて閑散とした庭を通って玄関へとたどり着く。

ともだちにシェアしよう!