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いばらの虜囚 59

 大神は呼び鈴を押す指を一度躊躇わせて…… 「 ――――突っ立つな、とっとと入れ」  呼び鈴を押すよりも早く引き戸が開けられ、着流しの痩せこけた老人が腹低い声で告げる。  自分より遥かに大きな大神とその後ろに立つすがるを睨みつけ、すんと鼻を鳴らした後に髭がまだらに生えた顎をしゃくった。 「そっちのアルファは家に入れんな」  ぴく とすがるのこめかみが動いたが、大神が緩くあげた手に阻まれて黙り込む。  老人が中に戻っていく後を歩き出した大神を見送り、すがるは苛立ちを隠せない溜め息をこぼした。 「茶ぁは期待すんな。男やもめの一人世帯だ」  そう言って進んでいく家は大きさはあったものの経年劣化と手入れの届かなさで埃っぽく、古いものの臭いが淀んでいる。  廊下は老人の体重には耐えられても、大神の重さには耐えられなかったのか悲鳴のような音を立てた。  まるでバンシーの声のように耳障りに響く。  かつては大勢がここで生活をして、幾人もが行き来していたのだろう、わずかに名残のように残る香りに大神は鼻をすん と鳴らした。 「入れ」  老人が入った先は畳がところどころ擦り切れてはいたが、ちゃぶ台と座布団のある清潔な場所だった。 「失礼します」  大神が対面に座ると、老人は険しい顔をさらに険しくしてから面倒そうに首をそらす。 「で?」  前置きも何もなかった。  老人は大神が訪ねてきた理由を知っていたし、わざわざ大神が直接で向いたことがどういう意味かも理解していた。 「ご子息の行方がわかりました」 「だから、単刀直入に言え」 「海に」  老人の望み通り、もっとも少ない文字数で大神は老人の息子……滝堂俊吾の最後を伝える。  浅黒い皺を刻んだ顎が引き締まり、何かを噛み締めるかのようにぐっぐっと幾度か脈打つ。 「そうか」  詰めた息をそっと吐き出し、滝堂は昂りすぎた感情を宥めるように大きく胸で呼吸を繰り返した。 「あぁ、いや。俺だって随分と色々やってきたんだ。わかってる。ただ、親の因果が子にってのはなぁ……はは」  滝堂の声は玄関で聞いたものよりもしぼみ、くたびれ、枯れたように聞こえる。  大神は表情を変えないまま「残念です」と口にした。 「細かいことは?」 「証言のみですが」  滝堂は小さく頷きながらそれでも大神に息子の最後を喋るように促す。  大神は膝の上の手を拳にしながら、あの日父が口にしたことと赤城に吐かせた証言を元に滝堂に説明をした。  話が進むにつれて重苦しくなっていく表情の滝堂は、それでも最後までじっと動かず、口を挟まずで聞いていた。

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