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いばらの虜囚 60
「――――そうか」
ふぃ と背けられた横顔に刻まれた年月。
くたびれて、それでもこの場に留まり続けた日々。
それらを感じされる雰囲気に、大神は唇を引き結んだ。
「神楽組の嬢ちゃんとの騒動の後、あいつを海外にやった。もう日本に帰って来させないと言う条件で手打ちにした」
はずだったのにな と、視線を遠くにやりながら滝堂は呟く。
「一人、関わった人間は繋いであります」
「は! こんな腕で殴ったところで、蚊が止まったと思うだけだろう?」
滝堂の振って見せる腕は骨に皮が張り付いたような状態で、普段の生活でも耐えられるのか不安になる程だ。
「そんな無駄な奴を養うな、さっさと肥料にしてしまえ」
ギラリと光る眼光は先ほどの落ち込みをかき消して余りある。
自分の代わりに土に還してこいと言う際の迫力は、この滝堂組を最後まで率い続けた男の矜持が滲み出していた。
「承知いたしました」
「は! 他人行儀はやめろ」
滝堂はのそりと立ち上がると背後に置いてあった大きな木の椀を大神の前に出す。
その中には何種類もの菓子の小袋が納められ、端にはみかんが一個入っている。
「孫には菓子を食わせるものだろう? 母さんの飯は美味かったんだが、残念だったな」
随分と先に逝っちまったからなぁとぼやく声を遮るように、大神は「私は」と声を上げた。
「いや、お前はわしの孫だ」
落ち窪んだ眼窩から鋭い光が大神を射る。
大神に殴られれば吹き飛び、それだけで臨終だと思わせるような体なのに、滝堂は真正面から大神を睨みつけて口の端を歪めてみせた。
「神鬼の坊主にも会ったことがある。だがお前は俊吾にそっくりだ」
くつ と老人の笑いが喉の奥で繰り返される。
「よく似ている」
これが他の人間ならば「耄碌したか」の一言で一蹴するだろうが、大神はその言葉が出ないまま黙り込んだ。
「え 「援助なんて馬鹿げたこと、口にすんじゃねぇぞ」
今にも拳骨を落とそうとするかのような声音で言うと、滝堂は気分を害したようにそっぽを向いて頬杖をつく。
大神はこの家の荒れ具合を見て老人の懐具合を推察した。
決して生活費が潤沢というわけではないだろう と。
「なんだ坊主、小遣いが欲しいのか」
「いえ」
擦り切れた着流しをきた滝堂、それに比べて大神はすべてがオーダーメイドで仕立てたスーツを着て、身につけているものも人に侮られない程度の質のものを用意してある。
けれど、それでも滝堂は「小遣い」と口に出すのは、祖父としての矜持だろう。
「まぁ受け取っておけ。多くは出せんがな」
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