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いばらの虜囚 63
ギリ と苛立ちを含ませた歯軋りが響くが、クイスマは恐れもしないままに大神を車へと案内した。
向かい合い、ただ座っているだけなのにクイスマの姿は芸術作品のようだ。瞳と髪の美しさ、顔立ちの造形、立ち居振る舞いはもちろんだったが、体に巻いている真紅のストゥーフも目が覚めるような美しさだった。
けれど、そんなクイスマですら大神の視線をわずかも留めておけない。
苛ついた様子で外を見る大神を見て、クイスマは唇を引き結んだ。
「――――この赤は」
クイスマが話し出して初めて、大神の視線がそちらへと移る。
そこでやっとクイスマが鮮やかな真紅の衣装を纏っているのだと気づいたが、溜め息のように息を吐いて再び視線を外に向けてしまった。
「王と王に連なる者のみが身に着けることができるものです」
無視しても続けられた言葉に、大神は仕方なく視線を戻す。
ほんの少し力を入れれば折れてしまいそうな首に幾重にも金の装飾が絡みついている。色とりどりの宝石で彩られたその首についた歯形を思い出し、大神は一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
目の前の人間が何を言いたいのか……続きを促すようにわずかに顎を上げる。
「王、王の伴侶、それから王の番です」
その言葉に当てはめるならば、クイスマは王の伴侶か番と言うことだ。
「媚びでも売らせる気か?」
「ふ 」
シャラシャラ と音楽のような小さな音を立てて、クイスマは漏れた笑いを抑えるように宝飾の施された指先で唇を押さえる。
「お尋ねにならないのですか?」
クイスマの言葉は唐突で、大神は瀬能がよくこんな喋り方をすることを思い出して顔をしかめた。
人を揶揄うような物言いにクイスマが自分に対してふざけているのだ と思ってムッとした表情を隠さずに伝える。
「セキのことを」
さらりと出された名前に、かろうじて保たれていた車内の空気が一瞬にして凍りつく。
「…………」
ぎ ぎ と響く奥歯を噛み締める音に、クイスマの微笑も消えて挑むような視線だけが後に残る。
いつも緩やかな微笑みを絶やさない表情しか知らないだけに、大神は警戒するように険を深くした。
「オメガは、人です」
至極当然のことを言われて、クイスマの言葉に怪訝な視線を返す。
「当たり前だろう? 自分は女神だとでも思っているのか?」
「は……?」
「そう思っていなければ、俺はここにはいない」
クイスマの表情が崩れて戸惑い、指先が小さな音を立てる。
「駆け引きに慣れてないなら、余計なことは言わないことだ」
「あ……」
「自分の考えていた答えと違ったか?」
「……」
小さな唇が引き結ばれて、微かに血の気を失ったようだった。
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