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いばらの虜囚 64

 クイスマが戸惑っていると、車はなんの振動も感じさせないままに王宮へと入って停止する。 「ではなぜ、ここに預けたりなんか……」 「俺は耐えろと言った。それがすべてだ」  大神はドアを自分で開けて車を降りようとし――――途中で振り返ってクイスマを見遣った。  食いしばるように引き結ばれて血の気を失ったクイスマの唇を親指で払うと、ふ と小さく息を漏らす。  親指で緩められた唇が綻び、血色の戻ったそこは咲きかけの薔薇の蕾のようで、華やかな顔をさらに美しく映させる。   「存外、女神かもしれんな」 「なに を  」  戸惑うクイスマを置いて、大神は振り向きもせずの車を飛び出していく。 「ミスター大神、お待ちし    」  出迎えの者の言葉を遮るように歩き出す大神に、従人たちが大慌てで付き従う。 「お待ちください、今すぐに案内いたしますので  」 「まずは汚れを落とされて  」  従人たちの言葉に耳を貸さず、大神は大きな歩幅で白亜の宮殿を蹂躙するかのように進み…… 「ミスター大神っ!」  鋭い声がして、転がるように一人の赤い衣装のΩ……カイが目の前に飛び出して、その進行を止める。クイスマのように完璧にコントロールされていない表情は、野生の猛獣のような雰囲気だ。  エメラルドのように光を弾く瞳で上から下まで大神を睨むように見ると、最低限の礼儀だけは……と思ったのか、優雅な礼をしてみせる。 「ミスター大神」  そう繰り返してカイは目の前にトレイに乗せた黒いものを差し出した。 「  っ」  再び、大神の奥歯がぎりりと音を立てる。  トレイの上、赤色のベルベットの上に置かれているのはネックガードだった。  無骨で、守ることばかりに特化したそれは、セキが肌見離さずつけていたものであり、発情期を終えるとボロボロになって役目を終える存在だ。それが今、開かれた状態で静かに伏している。  大神はそれに手を伸ばそうとして……熱でも感じたかのように、手を引いてしまった。  燃えるような赤髪、挑むように見つめてくるきつい視線に晒され、大神は喉が干上がってしまっていることに気づく。  いつの間にか繰り返し噛み締めた奥歯は痛みを訴え、口の中はカラカラで、指先はものに触れるのも戸惑うほど臆病になっている。 「王は、すべてのアルファの頂点に立たれるお方だ」 「……」 「この世で最も強い男であり、優秀な遺伝子を持つ存在で  「セキはどこだ」  カイの言葉を遮った大神の拳が、関節が真っ白になるほどに握りしめられている。  大きなその拳は、カイを殴れば一発で死に追いやってしまえるだろうと思わせる気配を漂わせていた。 「王は、オメガなら誰もが求めるフェロモンを持っている」

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