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落ち穂拾い的な 大神の言葉 1
頭をガツンとぶつけた瞬間、セキは口から悲鳴を出しかけた。
「んっぐ……」
それを口を両手で塞ぐことでなんとかこらえ、ゴトゴトとした振動が収まるまで息を殺す。
自分が閉じ込められていると言うのに外では「いーんだもんっ! 大神さんが帰っちゃうんなら俺もついていくもん!」って自分の声が響いている状況に、セキはぐるぐると回る頭を必死に動かす。
「どう言うこと? ………………これが、大神さんの耐えろって、こと?」
そう言うとセキは狭いスーツケースの内側をペタペタと触った。
隙間から微かに光は差しているけれど中は真っ暗で、いくら大きなスーツケースと言えども人を入れる設計になっていないそこは狭く息苦しい。
「…………」
潜めた息が自分の膝に当たって返ってくる。
「…………ぉ、がみ、さ 」
縋り付くように呼ぶが返事は帰らず、沈黙だけが耳を刺す。
セキは引き摺り出されそうになる恐怖を抑えるように、目を閉じて瞼の裏に大神の粗い顔立ちを思い浮かべる。
けれどどうしても消しきれない恐怖に、じわりと涙が滲み出す。
セキの母は情緒の安定しない人だった。付き合っている男の性格がマシだったらまだ安定はしていたが、それでもちょっとしたことが気に障り、その度にセキは押入れに閉じ込められた。
雑多なものが押し込まれた押入れは狭く苦しく奇妙な臭いに満ちていて、母はそこにセキを押し込んで視界が消えると子供の存在をパッタリと忘れ去ってしまう人だった。
泣き喚き、じっとすることを覚え、闇の中に何かがいることに気づき、哀れに懇願することを覚えても言葉は母に届くことは無かった。
カチ と歯がなる。
『耐えろ』
不意に耳に蘇ってきたのは大神の言葉だ。
セキはハッと首を振ると、大神からもぎ取ってきた肌着をぎゅっと握りしめて小さく小さく繰り返し頷いた。
気を失うようにして眠り、目が覚めた時には身体中が軽い振動で揺さぶられていた。
「え……?」
車のような振動じゃない……けれど滑らかに動き続けている振動を感じて、セキはそろりと体を起こす。
あの狭いスーツケースの中じゃない。
部屋と言っても良さげな広さのそこは、以前にも見たことのある場所だった。
「なんでオレ、飛行機に乗ってんの?」
呆然と呟いた時、背後からシャラリと涼やかな金属音が響く。
「セキ、起きましたね」
「……クイスマ、さん」
名前を呼ばれるとクイスマは嬉しそうに華やかな笑みを見せて手に持ったグラスをセキに差し出してくる。
淡い色をした液体が入っているそれをそろりと匂いを嗅ぐとリンゴジュースだ。
「喉が渇いたでしょう? まずは喉を潤して」
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