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落ち穂拾い的な 大神の言葉 3

 衛星電話を突き返し、セキは毛布を頭から被ってそっぽを向いた。 「あか! ……って、セキか」  もう大神以外呼ぶ人のいなかったはずの名前で呼ばれ、セキはむず痒い感覚がして目の前の人から視線を外す。  本来なら無礼なことだった。  なぜなら目の前にいるハジメはルチャザ王国の王であるアルノリト・セルジュ・ヴェネジクトヴィチ・ヴィレール・ルチャザの伴侶で、安易に会うことはできないし、ぞんざいに扱っていい人物でもなかった。  けれど、それ以上にセキにとってハジメは近所のお兄ちゃんだった。 「ごめんな? 予定があっただろうにきてもらって」 「え……」  セキが言葉にびっくりして顔を上げると、幼い頃から変わらない柔らかな笑顔にぶち当たる。  少しクマのある目元に、セキはハジメの体のことを思い出して飛び上がった。 「あ……お兄ちゃん……体は?」 「体ー……まぁ、見ての通りだ」  はは って笑いながら手を広げると、ゆったりとした異国情緒あふれる服が微かに膨らんでいる。  体の線の出ない衣装だから目立ちはしていないが、それでも妊娠しているのだとわからせるには十分だった。 「わ……え? もう動くの?」 「あはは! とっくに動くよ、もう臨月だぞ?」    そう言われて、セキは幼馴染のお兄ちゃんの中に人ひとりが存在している不思議にポカンと口を開ける。  自分自身ではよく大神に向い、「孕ませて!」「赤ちゃん産む!」「種付して!」と叫んではいたものの、実際に臨月の人間を間近に見るのは初めてだった。 「え? え……えぇ……ど、どうしたら……えっと、お湯を沸かすんだっけ?」 「それは産む時の話な」  再び小さく笑い声を上げて、ハジメはセキの手を引っ張る。 「立ち話なんてやめて、こっちでのんびり話そうぜ。ちょっと緊張してたから、セキのおかげでホッとできそう」 「う、うん」  大神に話が聞きたかったけれど、ハジメが言っていた言葉を考えると自分はハジメに呼ばれてここに連れてこられたんだろう。  クイスマが言った言葉は、慣れない日本語で言い間違えたに違いない と、セキは自分を納得させてハジメの促しに従って歩き出した。  白亜の宮殿は以前に見た時とどこも変わらない。  砂漠にある城だというのにひんやりとしていて、心地のいい良い香りの風が吹き抜け、紗がたなびき……幻想の世界に踏み込んでしまった気分にさせる。  セキは一歩踏み出した先の床が実は雲の上だった と言われても信じてしまいそうな心地で、異国の城を進んだ。 「ここがセキの部屋な」  案内されたそこは王たちの私的な空間から中庭を挟んで向かいの場所だ。  以前、好きなように使えと言われて……セキは冗談だとばかり思っていたけれど、そうではなかったらしい。  

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