74 / 86
落ち穂拾い的な 大神の言葉 8
「 っ」
それでも、セキは首を振る。
そんなことは、ありえない。
「――――今日も、連絡は取れなかったのだろう?」
それが特権だ とでも言うように、アルノリトは平然とセキの部屋へと入り込んでくるようになった。
もちろん後ろにはクイスマが控えてはいたが……王の一言で、その存在が抑止力にならなくなるのはわかっていた。
「忙しい人ですから」
王さまは暇そうですね の言葉は飲み込んだ。
アルノリトがハジメの出産に備えてすべての仕事を事前に処理、もしくは後に回しているのだとクイスマから教えてもらっていたからだ。
「大神さんも、きっとここにくるために仕事を大急ぎで片付けてるんだ」
口の中で呟く。
大神の性格を考えると、それが一番しっくりときた。
「もうすぐ、ヒートに入るだろう?」
セキの浮上しかけていた気分が叩き落とされ、思わずアルノリトの方へキツい視線を投げつける。
発情期はΩたちの間でも非常にデリケートな話で、番でもない、ましてや親しくもない相手に口を出して欲しい事柄ではなかった。
アルノリトは薄く笑い、クイスマに向かって軽く手を上げる。
いつものように言葉もないままの指示だと言うのに、クイスマは何も尋ねることなく優雅に頭を下げて退室しようとした。
「ここにいてくださいっ!」
クイスマにはセキの言葉に従う義理はなく……けれどアルノリトは小さな微笑みを浮かべてそれを許可する。
「王さまはっ……ハジメ兄ちゃんが大変な時に……何を……」
「何も? ただ尋ねただけだが?」
「それが っ」
非常識なのだと言おうとした瞬間、クイスマがスッとアルノリトの傍に寄って「恐れながら」と首を垂れた。
「セキさまのお国では番間以外ではあまり話題に出さない風潮にございます」
「ああ、そうなのか」
アルノリトの大袈裟な返事を聞き、クイスマは一瞬だけ気まずそうな表情を見せる。
ハジメの故郷のことなのだから、自分が知っていてアルノリトが知らないはずがない と……
「随分と慎ましい国だな」
「……」
「いや、淑やかなのか」
「……どちらでも」
「番でもないのに貞淑を誓うのか?」
「番ではなくとも誓います」
はっきりと言い張るセキに、アルノリトは緩やかな笑みを見せた。
「そういえば、ドクター瀬能が到着されたそうだ」
「っ!」
一瞬で明るくなったセキの顔を見てから、アルノリトはクイスマに案内するようにと言いつけて去っていく。
「 っ、はぁ」
アルノリトが扉の向こうに姿を消してからやっと、セキは大きく深呼吸する。
「セキ、大丈夫ですか?」
「……クイスマさんは平気なんですか?」
随分と距離を取って話していたはずなのに、セキの体は小さい震えが止まらなかった。
ともだちにシェアしよう!

