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落ち穂拾い的な 大神の言葉 9

「私は……私には分かりかねます」  そう言うとクイスマは飾りで重そうな右手で首筋を気にする素ぶりを見せる。  美しい彫刻のような体に唯一刻まれた汚点のように、火傷ともケロイドとも違う小さな楕円の傷が並んでいた。  αに項を噛まれたΩは、他のαのフェロモンを感じなくなる。 「クイスマさんは、王さまの番じゃないんだね」 「はい。私を噛んだお方はもう、いらっしゃいませんので」 「っ……ごめんなさい」  純金で作られたようなまつ毛がゆっくりと伏せられ、紫水晶のような瞳に影を落とす。Ωにとって番がいなくなると言うことを考えて、セキは恐怖で震える体を自然と抱きしめた。 「いいえ、悲しいわけでも、恐ろしいわけでもないので……あのお方が断罪された時、とても心が軽くなりましたから」  美しい横顔はそれ以上を語らない。  ただ、心が軽くなったという言葉がセキの心臓をチクチクと刺すように痛ませる。  番がいなくなって心が軽くなった。  それはクイスマの身に起こったことを語るには雄弁だ。 「ご案内いたしますね」  すべては過去なのだと、クイスマは美しい笑みを浮かべて促すように手を差し出した。  呑気に図書室の中で本を読んでいる瀬能の元へ連れて行かれた時、セキは一瞬だけ殺意に近い苛立ちを覚えた。 「はは。怖い顔してるね」 「……大神さんは?」 「第一声がそれかい?」  セキはプク と頬を膨らませてみせる。 「君といいしずるくんといい、僕に冷たいねぇ」  わざとらしい溜め息を吐きながら瀬能は本を閉じると次の本へと手を伸ばす。 「大神さんのことを教えてくださいっ」 「んー……忙しいらしいよ?」  それはセキが大神に対して用意した理由で、望んでいた答えではなかった。 「オレのことなんか言ってました?」  そう尋ねると、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべて垂れ目気味の目を細める。 「いや特には? 僕だって、大神くんと常につるんでいるわけではないからね」  役に立たないな とセキが思った瞬間、「役に立たないと思った?」と尋ね返されて、セキはあわあわと慌てて目を逸らした。  電話は繋がらず、瀬能からの情報もない。  セキは八方塞がりの状況で重く溜め息を吐き……携帯電話を眺めて肩を落とす。  画面に表示されたアプリにはカウントダウンの日数が表示されていて、後わずかで発情期が訪れるのだとセキに教えていた。 「オレ……独りでヒート過ごすなんて……」  はじめて と口に出すのをやめる。  口に出してしまったらなんだか取り返しがつかないことになるような気がして……怯えるように膝を抱えた。瀬能に出してもらっている薬は毎日欠かさず飲んでいる、飲んでいるのにいつも迎える発情期は熱に炙られて記憶が飛びそうになるほどだ。

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