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落ち穂拾い的な 大神の言葉 29
カイは繰り返し繰り返し、あの時自分が取るべきだった行動を考え直しては、苦い思いを噛み締める。
そうして過ごしてきた年月を思い出して……
「………………俺、は、……隅にいる。だから、噛まれるよりマシだと思って、呼んで」
自分にできることは少ないと、諦めてセキとは対角線の壁に腰を下ろして膝を抱える。
鏡に映ったように同じく膝を抱えて座るセキをひたりと見つめた。
小さなすすり泣きが響く。
途切れることなく続くそれはまるでバンシーの悲鳴のようで、カイは耳を塞ごうとして……手を膝に戻した。
ベッドの上で逃しきれない熱に転げ回る姿に唇を噛み締め、無力さを噛み締める。
「ぅ……ねぇ、いま…………オレの匂い、どうな てる?」
途切れがちが問いが今のセキの状態を物語っていた。
頸を噛まれたΩはフェロモンを感じなくなる。
今、セキがどれほど発情して熟れた匂いを撒き散らしていたとしても、カイにはそれがわからない。
常識として知っているはずのことすら頭からこぼれ落ちてしまっている状態だった。
ここでバース性の知識を説いたところで理解することはできないし、求めている答えでもないだろうから と、カイは緩く首を振る。
「濃くなってる」
「ぅ……」
カイの返事にセキは泣きなから密閉袋を握りしめた。
中には大神から剥ぎ取ってきた肌着が入っていたが、いつものように開けて匂いを嗅ぐことはできなかった。
救いを求めて大神の香りを求めた瞬間、ギリギリで保ち続けている理性が崩れ去ってしまうからだ。
それでも、手の中の密封袋はセキの中ですがりつけるお守りだった。
「お 大神、しゃ お、 」
ふぅふぅとどんどん荒くなる息の下から名前を呼び続ける。
返事なんてないのに とカイは眉間に皺を寄せた。少なくともここにいる自分の名前を呼べば、すぐに手を伸ばして多少の助けになれるのに と。
熱をどうにかしようとして卑猥に動く腰も、抵抗を告げる口で淫らに喘ぐ様はあの時の自分と同じだと、カイは胸が押し潰されるような気分の悪さに襲われる。
「ぅ カイ、カイ」
「…………っ、なんだ? 手伝うか?」
「…………うぅん、だいじょ から、出てて、いいよ?」
瞳孔が完全に開き、涙で潤んだ瞳はじっと見つめられるとそれだけで胸の奥から情を引き摺り出してしまいそうなほど蠱惑的だ。
「何、言って 」
「思いだ すんで、しょ? だから、行って 」
「放り出していける訳ないだろ!」
「………………カイ、は……噛まれた時、こわかった でしょ?」
淵に止まっていた涙が膨れ上がり、瞬きと一緒に転がり落ちていった。
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