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落ち穂拾い的な 大神の言葉 38
縋り付いた腕の中に聞こえる鼓動にゆさぶられて、セキはやっとすがることのできた温もりに守られて泣き続けた。
「あ」
声を上げてセキは遠くの方を見る。
「どうした?」
大神の腕の中でセキはご機嫌で転がっていたが、何かを思い出したのか顔を上げた。
目を細めて遠くを眺めて……何も見つけられなかったのか項垂れる。
「クイスマさんが貸してくれた日除用の布、飛ばしちゃったな……怒られるかな?」
再びしょんぼりとするセキを撫でながら、大神は赤い色を見た瞬間の気持ちを思い出して再び深い息を吐く。
クイスマが車の中であえて伝えてきた情報は、セキを預けて王宮に混乱を招いた大神に対しての嫌味だったのか、それとも、苦しむセキを慮っての怒りの仕返しだったのか……
大神はクイスマのぼんやりとした印象の顔を思い出そうとしたが、無駄な努力と打ち切る。
「布一枚、かまわんだろ」
飾り立てられた人間よりも遥かに美しいと感じるセキの顔を撫で、瞳を見つめ、腕の中で存在を確かめて……深く息を吐きながら青い空を仰ぎ見た。
ひんやりとした視線を受け流し、大神はしれっと挨拶と王子の誕生の祝いを述べる。
目の前のアルノルトは極めてプライベートな格好をして、以前に私室だと言っていた部屋のカウチソファで気だるげに横になっていた。
まばゆい金の髪と神秘的な赤い瞳、人を自然と平伏させる気配…………に、につかわしくない手の包帯。
セキが言っていたように腫れ上がったそこは、幾ら包帯が巻かれているとはいえ明らかにおかしいサイズだ。
「祝いには感謝しよう」
には の言葉に、大神は唇を引き結んで冷たさを感じるチベットスナギツネのような視線を真っ直ぐに見返す。
「セキを貸してくれたことにも な」
「セキはものではありません」
「セキを預けてくれたことに だな」
そこでやっと表情を崩し、アルノリトは気だるげに体を起こした。
利き手が不自由だからかぎこちない動きに、大神は深く頭を下げる。
「セキが、とんでもないことをしたと……代わりにしゃざ 」
「構わない」
アルノリトは無事な手を振って言葉を遮ると、赤い双眸を面白そうに細めた。
「キャンセルした公務先で暗殺の計画があったそうだ」
さも楽しいと言いたげにくつくつと喉を鳴らし、アルノリトはバルコニーから見える蒼空を見やりながら「すべては因果の中にある」とこぼして愉快そうだ。
「ミスター大神の生まれがなければ、セキの生まれがなければ、出会うべくして出会い起こるべくして起こったことが結果を産み、それはさらにその先の結果になる」
「……」
「ハジメが産気づいた時になぜかすぐに人が駆けつけることができなかったことも、その場にセキがいて子を取り上げたことも。……すべての結果が私の子を生かした」
大神は努めて理解しようとしたがあまりにもそれは荒唐無稽なものだと、返事もせずに瞬きだけを返す。
「私の子がまた因果を産むだろう」
アルノルトの言葉を飲み込むならば、それがまた自分たちにまた何らかの影響を与えるということだ。
だが今回が特別なだけで、自分とアルノリトに今後も縁が続くとは思えず、大神は険しい顔を返すしかできない。
「はは、苦虫を噛み潰したような顔をしているな」
アルノリトは大神にその顔をさせることができたのが心底面白いというように笑顔を見せた。
END.
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