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君に捧げる千の花束 2
随分と大人になった と、須玖里はあれから何年経ったかを心の中で指折る。
もう成人し、社会人として働いているのだろうと推測できる格好に、須玖里は膝の上の拳を震わせた。
「 ……薫は」
薫は、あの時から何もできずにいるのに と、喚き散らしそうになった心を必死に宥めすかす。
「仕事を抜け出してきています、簡潔に」
彼は……成宮喜蝶はスラリとした指先が印象的な手首につけた銀色の時計を覗き込んで告げる。
時計は目立って高価なものではない、けれど喜蝶が軽く首を傾げながら覗き込むだけで、破格の価値があるもののように輝いた。
須玖里が話を切り出そうとした瞬間に店員が訪れ、丁寧な言葉と仕草で注文をとっていく。
おすすめのケーキがあると言葉を重ねるのを追い払い、喜蝶は黒縁眼鏡の奥の双眸を細める。
「それで? 須玖里さんが私を呼び出すなんて、蛙でも降るかな」
薄く笑いを浮かべると、鋭利なナイフが煌めいたかのような凄みがあり……須玖里は一瞬言葉を失った。
「………………か 」
自身を奮い立たせて話を とした途端、再び店員に邪魔をされて言葉は途中で掻き消える。
目の前に運ばれてきた深い琥珀色のコーヒーを、喜蝶はそのままそっと口をつけて一口分だけ飲み下す。
「お茶を飲みたいだけなら他の人を呼んで下さい。では」
立ちあがろうとした喜蝶に須玖里は急いで言葉を紡いだ。
「薫の治療に協力してくれ!」
「……」
立ち上がりはしなかったが、喜蝶は明らかに鼻白んだ顔をして視線を逸らした。
それは未だに追いかけてくる自分がかつて犯した犯罪の影にうんざりしているようにも見え、須玖里は拳の中て爪が皮膚に食い込むのを感じた。
「っ…………か、薫の具合が良くない。君が番契約を破棄したから 」
「私は破棄した訳じゃない。続けたってよかったんだ、あなたが割り込んできただけで」
「なに なにを……勝手なことを……っ」
優雅な指先がコーヒーカップを弄び、深いため息を響かせる。
「私はどんな形であっても薫と繋がっていられるならそれでいい」
薄く唇を歪めれば、それだけで人を虜にしそうな笑顔。
けれど須玖里は震えしか感じず、腹の底から這い出してくる殺意をどうしようもできずにテーブルに拳を叩きつけた。
ガシャン と派手な音が響き、熱いコーヒーがカップから溢れて皿に溜まる。
「で? あなたは私に薫を抱けと?」
「誰もそんなこと言ってない! 僕は っ」
周りから注がれる視線にハッと我に変えると、須玖里は声を怒りが燃え上がりそうな体をグッと縮めて拳を膝の上で握り直した。
「………………薫の治療のために、君の、フェロモンを分けてくれないだろうか」
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