111 / 113

君に捧げる千の花束 3

 絞り出される懇願が須玖里にとってどれほど屈辱か、喜蝶は痛いほど知っていた。  皮肉なことにお互いを深く憎んでいる以上、二人は誰よりもお互いに対しての感情を理解してしまえる。 「こんな場所で、随分と色っぽい話をしますね」  冷ややかで軽蔑するような声。  公衆の面前でフェロモンと言うバース性を持つ人間にとってはひどくプライベートで繊細なものを持ち出す、そのことはセクシャルな犯罪に足を突っ込んでいるようなものだった。  それを揶揄われ…… 「こう言う場所でないと、僕は君を殺してしまう」  抑揚もなく出された言葉はつい漏れた本音だ。  喜蝶は再び苦くてうまさの一つもわからない液体を一口のみ、うっすらと笑みを浮かべる。 「じゃあ会わないでおけばいいじゃないですか」  冷たく見下す視線でさえ、人の意識を絡めとるような男の声に、須玖里は理性を総動員させて怒りを堪え続けるしか無かった。 「薫の具合が悪いと言っただろうっ! 彼は  っ」  ぶるりと震えた様子に、喜蝶の目がわずかに細まる。 「彼は……もう普通の生活を送れていない…………寂寥感、孤独感、……番に捨てられたオメガが陥る症状に苦しめられている」 「…………」 「皆で支え、治験に参加もしている、でも……何も効果がない。医師は、君のフェロモンがわかれば症状を軽減する方法があると言っている」 「それで、私のフェロモンが欲しい と?」  須玖里は頷くしかできない。  例えどれほど薫のことを愛していたとしても、頸を噛まれてしまい番契約が結ばれてしまった相手がいる以上、何もできることはないのだと……この数年で痛感していた。  今、自分にできることはあれほど憎んだ相手に頭を下げて、協力を仰ぐことだけだった。 「   ……断ります」 「え⁉︎」  項垂れた頭をサッとあげて目の前の男を見る。  鋭利なナイフのような雰囲気は容姿だけでなくその心も写しとっているのだと、須玖里は崩れ落ちそうな気持ちで身を乗り出す。 「薫のことなんだ、薫を助けては……」 「随分と勝手な言い分ですね。あの時、私から薫を奪い、私を遠けたのは誰でしたっけ?」 「あれ は  っ」  隣家同士の幼馴染、そんな関係がレイプの加害者と被害者になって……そのまま住み続けることを薫の親がよしとはしなかった。 「あれから家を蹴り出されて、どれだけ辛酸を舐めたと思います? これ」  そう言うと喜蝶は髪を掻き上げて管理タグを見せる。  それは体調管理や財布がわりなど様々な役割をこなすが、αの性犯罪履歴も登録されていた。  

ともだちにシェアしよう!