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君に捧げる千の花束 4

「これのおかげでまともな職にも就けなくて」  はは と軽く笑う声が、須玖里の頭の中でこだまする。  当然のことだ……と言いそうになった声を飲み込むと、頭の中の笑い声と入り混じって酷い頭痛を引き起こす。  例え性犯罪歴があったとしても、それでも目の前の男は普通に生活ができている。  例え辛酸を舐めたと言っても、彼は今この場で笑い声を上げられている。 「随分と苦労してます」 「薫だって! …………薫だって、苦労、している」  その言葉でくくりたくは無かったけれど、目の前の男に薫の近況を詳細に話すことも憚られた。  薫の苦しみも寂しさも辛さも知らないことの男は、元凶だと言うのにのうのうと生きている……それだけで須玖里の神経を逆撫でするには十分だった。  口内の血の味を噛み締めながら、再びブラックコーヒーを口にする喜蝶に頭を下げる。 「この通りだ。君も……薫を……」  「愛している」  その言葉がつっかえる。  薫を好きだからその愛情を欲して、薫を愛しているから激情のままに犯した。  そんな男に、薫を愛しているだろう? と尋ねて、まともな答えが帰ると思えなかった。 「だからなんです? 愛情ってのはすり減るものなんです」  せせら笑うように言うと、喜蝶は半分残ったコーヒーカップを置いて立ち上がる。 「待て……待ってくれ、生活が苦しいなら謝礼を払う! だから  」 「あー。端金なら遠慮します」  そう言うと喜蝶はレシートを持って歩き出した。 「彼はっまだ君を  彼は、まだ君のことが好きなんだ……」 「でも、愛しているのはあんたなんだろう?」  彼は眼鏡の奥の目を冷ややかに細め、断ち切るように背を向けて出ていってしまう。  後に残された村主は、何もできない自分の無力さを噛み締めながら俯いた。  口内の苦い後味を急いで消そうとするかのように、喜蝶は喉をくり返し鳴らして飲み込もうとした。  けれども強く刺すような刺激はいつまで経っても薄れてはくれず、気持ち悪さと頭痛を伴って喜蝶を攻め苛んだ。 「  っ、そこまで酷いなんて……聞いてないぞ」  食いしばった歯の間から絞り出した言葉は苦味に塗れている。  喜蝶は急いで携帯電話を引っ張り出して目的の電話番号を探そうとしたが……震える指に阻まれて何もできないままに携帯電話を転がり落とす。  咄嗟に拾おうとする気力も湧かず、通りすがる人々の足元に転がっていく長方形の物体をただ眺めて…… 「落とされましたよ。大丈夫ですか?」  見かねたのか通りすがりの女性が喜蝶の携帯電話を拾って差し出してくれる。  その手にある艶やかな画面は落下の衝撃で蜘蛛の巣のようなヒビが入り、喜蝶の顔を歪めて映した。 「あっ……画面が……」

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