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君に捧げる千の花束 5
女性は狼狽えるようにヒビをなぞり……喜蝶を見上げてサッと頬を赤らめる。
喜蝶に釘付けになった視線は、シャープな顎のラインや涼しげな目元を彷徨い、最後は緩やかなカーブを浮かべる口元へと移った。
「困ったな……これじゃあ使えない」
そう言うとガラスで作られたような瞳が深い感情を秘めて女性に向いた。
彼の目の中に自分自身が映っていると知ると、女性はぎゅっと胸を握りつぶされるような衝撃を受ける。
ただ親切心で携帯電話を落とした人に拾ってあげただけ、ただそれだけだったのに、女性はフラフラと誘い込まれるように喜蝶の方へと一歩踏み出していた。
新品の携帯電話を弄び、喜蝶は知り合いが勤めているから と携帯ショップに自分を連れていってくれた女性の顔を思い出そうとした。
けれどそれはすでにぼんやりとしていて……移り香の香水だけが喜蝶の記憶に残ったものだった。
指先は携帯電話の画面の上を彷徨っている。
あの瞬間激情のままに電話をかけようとしていたけれど、女性とのやり取りで少し頭が冷えていた。
「……問い詰めたところで……教えてもくれないだろうしな」
メガネをかけた、どこか飄々とした相手の顔を思い出してイラつきのままにタバコを口に咥える。
火をつけるとツンとした、馴染みのない香りが広がって……
腐ってしまいそうな心を奮い立たせて、人の名前がずらりと並んだ紙を広げる。小さなタバコの火に照らされた人の名前は、幾つかは線が引かれていた。
残りはそう多くない。
喜蝶は指先でそれらをなぞりながら、獲物を定める獣のような目で一つの名前をなぞった。
あの日、一度須玖里に傾いた薫の心がこちらへと傾きつつあることを知った日、けれどそれは薫と離れなくてはならなくなった日でもあった。
暴行を受けて傷つく薫が、喜蝶に縋りつきながら願った言葉は……今も喜蝶を縛り付ける鎖だった。
けれど喜蝶はどこか縛られていることが嬉しそうに、薄い笑みを浮かべながら紫煙を緩く吐き出す。
「それ、すごいにおいだね」
そう言うと隣で体を起こした青年は喜蝶の咥えたタバコをつついた。
名前はなんだったか……と、ぼんやりしそうになった思考を巡らせる。背中に少し大きいホクロがあったことは覚えたけれど……と、喜蝶はタバコを吸うことで反応を遅らせる。
「佑都はこの匂いは嫌い? このタバコを吸う俺も、いや?」
じっと見つめて、少し悲しそうに首を傾げるとそれだけで隣の男……佑都は飛び上がるようにして首を振った。
「そんなことない! タバコを吸う喜蝶……すごくセクシーだし、全然……」
もじもじとしなを作る佑都を冷ややかに見下ろす。
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