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君に捧げる千の花束 10

 くすぐるようにそっと指先に頬を擦り付けると、ポッと女性の頬に赤みが広がっていく。  もう一人がライターに火を灯して近づけてくれるのに応えながら、意識は建物の陰に行った後藤を追いかける。   「…………」  必死のおべっか。  それから――? 「これって食後の一服?」 「んーん。食事しようと思ってきたんだけど、財布も携帯も忘れちゃってて、どうしようかなぁって」  捨てられた子犬のように困ったふりをし、離さないでいた女性の指先を甘えるように擦る。  じわりと広がる熱に女性の体温が上がってきていること、それから……自分を見詰める視線にじとりとした熱が含まれていることに気づく。  わざとゆっくりタバコを吸い、夕飯のために媚を売る。  背中で探る会話の中で、「時宝さんっ」と慌てて名前を呼んだのが聞こえた。  「時宝」と声が出そうになったのをタバコのフィルターを噛んで堪える。   「 ――――すみませんっすみませんっ! どうしても都合がつかなくて……えぇ、次は絶対……」  平身低頭とはこう言うことを言うのかと、後藤のどこか怯えを滲ませた声に深く紫煙を吐き出す。 「私たちはこれからなんだけど、もし良かったら一緒に食べる? ファミレスくらいなら奢ったげるよ?」  触れ合った指先をぎゅっと握り込んで「本当?」って柔らかく言うと、これで今晩の食事は確保できる。  後藤の電話も終わったようで、立ち話をしている喜蝶たちを苛立ちのままに睨みつけていく。 「  ったく、もう学生じゃねぇのに、あんな危ないことできるかよ  」  吐き捨てられた言葉に、喜蝶の首筋がざわりと総毛立つ。  やっと手繰り寄せることのできた『ナニカ』。  妙な確信に上ずるような感覚が心を満たしていく。 「どうするー?」  袖口をくいっと引かれて、咄嗟に振り払いそうになったのを堪える。  今すぐこの二人を振り払い、後藤に詰め寄ってさっきの話はなんだったのか、電話の相手と『危ない』何をしていたのかと尋ねたい衝動に突き動かされそうになって……傷ができるほど握りしめた拳の痛みで、かろうじてそれを堪えた。  慣れない寝床で目覚め、気だるい体を無理やり起こすようにぐいっと体を伸ばす。  昨夜引っ掻かれた背中の傷の痛みを感じながら、朝食を作る音を聞く。 「後藤か……先に『時宝』か……」  時宝の名前はよく知っていた。  幾つも線で消した名前の一番下にある名前だった。  企業名に明るくはない喜蝶ですら聞いたことがある有名な製薬会社、クロノベルの経営一族で見るそれは、喜蝶がどうやって接触しようかと頭を悩ませていた人物の一人でもある。

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