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君に捧げる千の花束 11
今ここでその名前が上がったことに……
「 ――――喜蝶くん? 起きたの? ご飯できてるよー?」
ひょこりとキッチンからかけられた声に思考を中断され、喜蝶は曖昧に「うん」と返す。
女の名前がなんだったか……思い出せなくて、棚の上の封筒を覗いて名前を確認している間に食卓の上に朝食が並ぶ。彩のいい野菜とスープ、それから狐色に焼かれたトースト、それから喜蝶の皿にはベーコンが乗せられていた。
「梨香子さん、すごいね。自炊する女性って傍にいて安心するよね」
「そ、そう?」
「うん、こういう気遣いも嬉しい」
そういうと喜蝶は見るものを蕩けさせるような笑顔を見せ、食卓に着く。
「ありがとう」と柔らかくお礼を言う喜蝶に、梨香子はパッと顔を赤らめて自炊歴や昼ご飯の話をし始める。
喜蝶はそれに適当に相槌を打ちながら、何か伝手がないかとそのことばかりを考えていた。
梨香子は喜蝶の背中に甘えながら、今日も泊まる? と少し鼻にかかった声で尋ねる。
「んー……着替えもないし、帰ろうかな」
昨夜と同じ服を気にする素振りを見せながら「残念だけどね」と肩をすくめて少し寂しそうに言うと、梨香子は慌てて服を買いに行こうと声を出した。
向こうからそう言い出したなら喜蝶に断る理由なんてない。
むしろ喜蝶にしたら願ったり叶ったりな状況だった。
申し訳ないと言いながら服を買わせるのは慣れたもので、梨香子が着てみて欲しいと言う言葉に頷けば後は勝手に金を払ってくれる。
ちょうど季節が移り変わるから、新しいものが必要だと思っていたところだった。
「あっちのお店のも良くて、喜蝶くんにも着てほし ――――きゃっ」
ショッピングモールで何軒目かの店を指差して向かおうとした梨香子が突き飛ばされる。
かろうじて倒れることはなかったけれど、ヒールを履いた足は衝撃で痛めてしまったようだった。
「梨香子さ 」
とっさに支えようとした手を阻んだのは、数日前に別れた…………?
喜蝶は名前が出てこず、梨香子の方へと視線を向けながらよくある名前だったはず、と記憶を掘り返す。
背中にほくろがあったことは覚えていた。けれど記憶はそれだけで、レイプ犯の特定に役に立たないのなら記憶に留める必要もない存在は覚えてはいなかった。
「喜蝶っ……僕、帰ってくるの待ってたのにっ」
そんな曖昧なことを言っただろうか と喜蝶が記憶を探る前に、抱きつかれて息が詰まる。
「ちょっと、あんた誰?」
「誰はこっちの言葉だよ、喜蝶は僕の恋人なのに、何してるの⁉︎」
叫ぶように言う姿に、喜蝶は「佑都」と思い出した名前を呟く。
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