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君に捧げる千の花束 16
ざわ と背筋を駆け上がった悪寒は、火傷をした時の感覚に近かった。
「それは……っ」
「薫がっ……事実は、もっと酷かったって……」
喜蝶よりも小さな手だというのに、込められた力は骨を軋ませるほどだ。
白く血の気が引いた指を見下ろして、喜蝶は自分の唇が震えているのに気がついた。
「そ…… そんなの、かおるの……言い訳だよ……」
メガネの向こう、ゆらりと揺れた瞳を見て、薫の母親はぐっと言葉を詰まらせて抑えきれなかった嗚咽を漏らす。
記憶にあるよりも随分と細くなってしまった肩が震えてごめんなさいを繰り返す姿に、喜蝶は頭が真っ白になった。
「おばさんは俺を憎まなきゃいけない。…………あいつに、知られちゃいけないんだ」
「あな っあなたはっ 無実の 」
「……かおるが好きなのは本当」
薫の母親は喜蝶が薫の関係者の前でだけ、少し甘えて問いかけるように「かおる」と呼ぶのに気づいていた。
小さな頃から変わらない呼び方。
「かおる」と呼ぶたびに蕩けるような笑顔を溢していた少年。
「俺が願ってるのはかおるの幸せだけ」
顔立ちはシャープになり、研ぎ澄まされたナイフの刃のような鋭さのある美貌だったけれど、浮かべる表情のあどけなさは幼い頃から見てきたそれだった。
「昔は、運命なんて蹴り飛ばしてかおるを選ぶのが愛だと思ってたけど 」
「……」
「………………今なら、運命なんてくだらないって、素直にかおるに愛してるって言えるんだけどな」
形のいい唇がそう呟き……次に視線を合わせた時には瞳は揺れもせずに硬質なものになっていた。
真正面から見据えられるとすくんでしまいそうなほど、作り物めいた美貌が薫の母親を見る。
「おばさん。俺は薫をレイプして、噛んで、フェロモンの提出も拒んだ。あいつの嘆願も聞かないし、おばさんの説得にも応えなかった」
「なに……言ってるの?」
「俺が見つけるから」
何をとは口に出さない静謐さが、少年だと思っていた喜蝶が大人になっていたのだと告げていた。
「そんなことできるわけないじゃない!」
喜蝶はその言葉がどちらの意味で言われたのか分からず、曖昧に微笑んで見せる。
自分には成し遂げられないと言われたのか、それともそんなことはさせられないと言いたかったのか……どちらにしても喜蝶は頷く気はなかった。
「それじゃあ話はこれでおしまいだよね?」
だめ だめ と薫の母親は首を振って喜蝶の手に縋り付く。
それがまるで最後に残された希望の蜘蛛の糸のように、力の限り握り締める。
「喜蝶くんっ!」
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