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君に捧げる千の花束 19
ざっと見ると、メニューはコーヒー類が大半だ。
飲めなくはない。
飲めなくはないし、会社に備え付けられているのだからコーヒーでいいのだけれど、喜蝶は戸惑ってしまった。
指先はコーヒーを押そうとしているけれど、頭の中は先日の薫の母親が注文したカフェオレ、ミルクと砂糖たっぷり、バニラの風味と生クリームトッピングがぐるぐると回っていた。
バニラは、薫の香りだから……できるだけ嗅がないようにしていたのだけれど、久しぶりに感じると恋しくて恋しくて…………
せめて近況や今の薫の写真はないのかと尋ねてみるべきだったと後悔していると、後ろから伸びてきた手がブラックコーヒーを押した。
「え?」
「ブラックコーヒーなんでしょ?」
軽い調子で聞こえてきた声に振り返ると、キャップを真深く被った男が一人、指をどこにもやれない様子で立っている。
「オレは何にしよっかなー?」
「あっ……いや、俺は別にコーヒーじゃ……」
「え⁉︎ 違った⁉︎ ごめんごめん! じゃあこれは捨てておくから 」
「いや、もったいないですよ」
そう言ってキャップの男の手からコーヒーをひったくった。
アレルギーがあって飲めないとかならともかく、そんな理由で食べ物は捨てていいものじゃない と、喜蝶は手のひらの中のカップを見つめる。
コップいっぱいの飲み物を得るのが大変だと言うことを、今の喜蝶はよくわかっていた。
キャップの男はオロオロとしてから、「ごめんなさい」と素直に謝ってくる。
喧嘩腰で返事をされるんじゃぁ……と思っていただけに、素直に謝られて喜蝶は毒気を抜かれて「あぁ」と曖昧な返事を返す。
キャップの男は自分用の水のボタンを押すと、喜蝶の方をじっと見上げている。
「あの……何か?」
「新人?」
「え?」
「すっごい綺麗な顔。迫力あるね」
その言葉ははしゃぐように言われていたけれど、どこか警戒するような響きがあった。
「誰のスカウト受けてきたの?」
「えっ……えぇっと……」
実際はどうなのかは置いておいて、本人から話も聞いていないのに憶測で勝手な話をするわけにはいかない。
喜蝶はぎゅっと唇を引き結んで緩く首を振替した。
「あ! そうだよね、まだ人には言えないよね。でも、オレは君と一緒の事務所がいいなぁ」
そう言ってキャップを取ると、サラサラの髪がさっと揺れて顔周りを彩る。
少しあどけない気もするけれど、そんなに押さなくはないだろう。身長は喜蝶と同じくらいで随分と高かった。
顔立ちは王道と拍手を送りたくなるような整った顔立ちで、街のポスターで見かける顔だった。
「初めましてー! 時宝尊臣でっす!」
そう元気に返事をした。
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