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君に捧げる千の花束 20
尊臣と名乗った男は狭いど言うのにくるりとターンを決めてみせる。
さっきは喜蝶に向かって「綺麗な顔」「迫力ある」と言葉を投げかけていたけれど、喜蝶はその言葉をそっくりそのまま返してやりたかった。
口の中に苦みが広がる。
これはαが近くにきた時に喜蝶に起こる体の変化だった。
Ωならば甘い味がする、αなら苦味が……苦味の強さはどうやら、その人のαとしての優性度に由来するようだと、喜蝶は長年の経験で学んでいた。
「はじめましてー?」
二度繰り返されて、挨拶を求められているのだと気がついた。
口の中に残る焦げた金属みたいな苦味に気を取られて、反応ができなかったようだ。
差し出された手に、悪意はあるのかないのか……わからず…………
「あ、えぇと……」
「はい、初めましてよろしくお願いします」とは言わない。
今まで見てきた人間のすべてが、喜蝶が背負っているものを聞くと遠巻きにするようになったからだ。
唐突に向けられる嫌悪感。
レイプ犯だとわかると同時に、話しかけてくる人間なんていなくなる。
喜蝶はこれまで面接を受けた、もしくはかろうじて雇ってもらった先でそんな扱いばかり受けていた。
「揚場です」
「アゲハさんだね!」
「揚場です」
あまりにもな言い間違いをされてしまい、はっきりと言い間違いだと言い直してみたけれど、尊臣はそんなことは気にも留めていない様子だ。
「アゲハさんはどこ住みー? オレね、今ね、円しゃんのとこに住んでるのー!」
わっと個人情報を喋り出した尊臣に、どう対処すればいいのか……と喜蝶が頭を悩ましていたところ、「尊臣!」と鋭い声が飛んでくる。
低い声は大人なんだと教えるには十分だ。
「個人情報を喋ってはいけません」
さっとパーテーションを避けて入ってきたのは、数年前に会ったことのある芸能事務所の社長、直江愛だった。
顔を見ても思い出せないかもと喜蝶は考えてみたが、目の前の男は経年は感じさせるものの、ノリを効かせたハンカチのような姿は変わっていない。
「や、喜蝶くん。今日は来てもらって申し訳なかったね」
穏やかな笑みに、何か暗い部分を探そうとしたが無駄だった。
「しゃちょ! この人、新しい子? 新しい子?」
「尊臣、うるさいですよ」
完璧な笑顔で尊臣に小言を言ってから、再び喜蝶へと向き直る。
芸能事務所の社長なのだから、もう少し浮ついたイメージだったけれど、目の前の人はサラリーマン……いや、むしろ大企業の秘書のような、隙の無い立ち居振る舞いだった。
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