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君に捧げる千の花束 21
君に捧げる千の花束 21
「お約束しておいて申し訳ないのですが、急用が入ってしまいまして。もしよければ車の中でお話しさせてはいただけませんか?」
「……あ、はい」
直江社長の後ろに控えている秘書らしき男性が何事か耳打ちすると、直江社長は腕時計を見ながら歩き出した。
秘書が喜蝶に「こちらへ」と声をかけ、ずんずんと進んでいく後ろ姿を追いかけて小走りでついていく。
「申し訳ありません、社長はお忙しい方でして……」
そう秘書が説明をしている最中に社長の目の前に車が勢いよく突っ込んでくる。
思わず声を上げようとした瞬間、黒い車体の車はドリフトをして社長の前にぴたりと停めてきた。
ほんのわずかでも手元が狂えば直江社長は轢かれていた……
それを思い、喜蝶は咄嗟に社長に駆け寄って「大丈夫ですか⁉︎」と声をあげる。
「ああ、大丈夫。ほら、新しい子を怯えさせてしまったじゃないか。謝れ」
「まっ……まずは今朝ぶりだね、ハニー! からだろ!」
「うるさい」
つれなくそういうと、運転手の開けるドアに乗って喜蝶を手招く。
「はぁ⁉︎ 俺は愛ちゃん以外は乗せな っ」
秘書に背中を突き飛ばされて、運転手の、柄の悪い男は悔しい顔をしたまま運転席に戻って行った。
「どうぞ。社長のお隣で」
そういうと秘書はさっさと助手席に座ってしまうから、反抗する間もなく直江社長の隣へ滑り込むようにして座る。
目の前には、石鹸の香りが漂ってきそうなほどピシリとした隙のない直江社長がいて……
喜蝶はこんな密室で二人で横並びになるなんて思わなかっただけに、そわりと辺りを見回した。
「時間もないので単刀直入に言いますね。喜蝶くんにはアイドルになってもらいたいのです」
「あっさり言いますね」
スカウトして欲しくて〇〇を歩き回っているだのなんだのと言っていたかつての友人たちなら喜んだかもしれない。
けれど芸能関係の親を持つ喜蝶にとっては、勘弁して欲しいと思ってしまう。
母親は、今でも父親に花の顔と呼ばれて愛られるほど美しい。かつてその美しさで芸能界にいたのだと、喜蝶は繰り返し聞かされた両親の話を思い出し、気をつけていたはずなのに、自然と苦虫を噛み潰したようになる。
「自分には根性がないので無理でしょう。この顔もあまり出したい気分ではないし……」
「君は自分の容姿に自信は?」
ないわけない。
それで食い繋ぐことができているんだから。
「すぐに忘れられる顔だな、と思っています」
両親の華々しい姿も見ているけれど、だからと言ってそれを自分にとって当てはめられるとは思わなかった。
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