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君に捧げる千の花束 29
一瞬で目の前が真っ赤に染まるような怒りをこらえるために喜蝶は歯を食いしばった。
ギターケースを掴む手がぶるぶると震えて……中身を取り出してガラスをぶち破ってしまいたい衝動をかろうじて抑え込む。
「 まだ」
まだだ。
後藤はαではない。ましてや薫を噛んで番になれるほどα因子が強くないことはよくわかっていた。
だから、後藤ではない残り二人を探さなくてはならない。
ギターケースの中のバットと縄を思い浮かべ、ペンチも用意しておけばよかったと思いながら立ち上がった。
可能性はあるだろうと張り込んでいたが、二人がアパートから出てきた瞬間には流石にほっと胸を撫で下ろした。
恋人を駅まで送っていくようで、二人は先ほどまでの情熱的な行為の余韻を漂わせながら、色々なことを話し……親しげにボディタッチを繰り返す。
喜蝶はそれを盗み見ながら……あの恋人は、後藤がレイプ犯だと知っている様子だったことに、少なからず衝撃を受けていた。
蛇蝎の如く扱われた経験があっただけに、それを受け入れられる人間が存在することに驚きがあった。
目の前の、自分に愛を囁く男は、無実の人間を襲い、犯し、尊厳を踏み躙るだけではなく、人生そのものを終わらせたのだと……考えないのだろうか?
なんだから目の前の二人が人間ではなく、もののけや宇宙人なんじゃないかと思えてくることに、喜蝶は眉間に皺を寄せる。
二人は駅で、こちらが恥ずかしくなるようなキスと抱擁を交わして別れた。
時間は深夜、かろうじて終電がある時間で人通りは極端にない。
「…………」
ど と喜蝶の心臓が跳ねた。
やるには絶好のタイミングじゃないだろうか と、自分で自分に問いかける。
いや、そんな問いかける必要なんてなかった。
「――――っ!」
気づけば、喜蝶は脂下がった顔で家に帰ろうとする後藤の後ろで、バットを振り上げていた。
力を入れすぎたら とか考える間もなかった。
バットを振り抜いた後に呻き声が聞こえ、後藤がコンクリの上に倒れ込む。
動くかと構えてみたが、後藤はそのままぴくりとも動かない……が、胸だけは上下しているのが見てとれた。
「加減を知ってるっても、やっぱ緊張するな」
喜蝶は縄で拘束した後藤を、途中にあった廃屋の中へと連れ込んだ。
肝試しの舞台になりそうにない程度にしか壊れてはいなかったが、裏の戸が緩んでいて中に入るには十分だった。喜蝶はカビ臭く、それ以外の異臭のするそこへ入ると、準備したかのようにおあつらえ向きの柱を見つけて、そこに後藤をくくりつけた。
口を切ったのか唇から血が流れていたけれど、それくらいで他に変化らしい変化はない。
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